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2023.06.03 (Sat)

第403回 俊寛は生きていた! まぼろしの文楽、復曲上演

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▲5月31日、江東区深川江戸資料館にて

〈俊寛〉といえば、島流し。平家へのクーデター容疑で逮捕され、仲間2人と共に終身刑の罪で島流しにされた僧侶である。

ところがのちの恩赦でほかの2人は釈放されたが、俊寛だけは許されなかった。絶望した俊寛は絶食して孤島で果てた……『平家物語』や能『俊寛』、近松門左衛門の文楽/歌舞伎『平家女護島』などで描かれてきた有名エピソードである。

だが、実は俊寛は、孤島を脱出して生き延びていた……そんな文楽が、竹本千歳太夫(浄瑠璃)、野澤錦糸(三味線)による「素浄瑠璃の会」で復曲上演されたので、いってみた(5月31日、江東区深川江戸資料館にて)。これがたいへん面白かったので、ご紹介したい。

ちなみに「素浄瑠璃」とは、本来、文楽が「人形」「太夫」「三味線」の三業で上演されるべきところを、「人形」なし、音のみで演奏される、いわば「コンサート」である。

で、その作品は『姫小松子日の遊』〔ひめこまつ/ねのひ/の/あそび〕~三段目「俊寛島物語の段」といった。近松半二、三好松洛、竹田小出雲ほかによる合作である。1757(宝暦7)年に初演された。松洛や小出雲らによる名作『菅原伝授手習鑑』から11年ほどのちの作品だ。江戸時代は、近松門左衛門版よりも本作の方に人気があったという。記録に残っている最後の上演は1902(明治35)年だ。
   ***
以下、ストーリーを記す(詞章は、当日配布された床本をもとに、読みやすいように一部を書き換えました)。

舞台は京都の山奥、怪しげな山賊一味の巌窟。

山賊たちが、都から、ある〈母娘〉を拉致してきた。いまこの巌窟の奥では、さる〈女性〉が出産間近なのだ。だが男しかいないので、助産婦役を誘拐してきたのである。なぜか〈娘〉もくっついてきた。

〈女性〉は、やんごとなきお方のようで、「玉のような」〈男子〉を産む(ここまでの過程が実に面白いのだが、紙幅でカット)。

山賊の首領は〈来現〉〔らいげん〕といった。「髪はおどろに生い茂り、伸びたる眉毛に、ぎろつく眼中」との容貌魁偉である。

その〈来現〉が、出産直後、「なに、男子とな。源氏の運の開け口」と口ずさんだ。それを〈母〉は聞き逃さなかった。「さきほどのおことばに、“源氏の運の開く”とおっしゃったは」、お前は何者だと迫る。

しばらく問答があって(紙幅でカット)、ついに〈来現〉は身の上を物語る。前半は、近松門左衛門版とほぼおなじである。
……去るころ平家一門の咎めを受けし三人、鬼界が島へ流されし。康頼、成経ふたりは赦免。(わしは)一人のちに捨てられし、俊寛でおじゃるわいの~!
ひえ~、あの、お前が!」(なぜかかなり過剰反応)

問題はここからの回想だ……あるとき、ひとり島に残された俊寛のもとへ、弟子の有王丸が訪ねてきた。そして平重盛からの重要なミッションが伝えられた(重盛は以前より俊寛に同情的であった)。

そのミッションとは……高倉天皇の寵姫(愛妾)・小督局〔こごうのつぼね〕が懐妊した。男子ならば次代天皇は確実である。ところが、高倉天皇の中宮(皇后=建礼門院徳子)が、実父・平清盛と一緒になって嫉妬し、出産を妨害しかねない。そこで重盛がひそかに小督局を救出し、いま巌窟に匿っている。

俊寛、早くもかの地におもむき、ご誕生の若君、守護いたせよ」……驚くべき密命である(なぜか出産前に「若君」とわかっているのはご愛嬌)。

かくして俊寛は密航帰国し、山賊の首領〈来現〉に化けて、小督局の出産をお助けしたというわけである。

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▲国芳画 (右から、俊寛、〈母〉お安、有王丸、亀王丸)/kuniyoshiprojectより

驚きは、まだ続く。助産婦をつとめた〈母〉(お安)は、俊寛の家臣・亀王丸の女房であった。さらに、連れていた〈娘〉(小弁)は、俊寛が都に残していた息子・徳寿丸であった。女子に変装させ、亀王夫妻が守ってきたのである。

のう懐かしい、とと様!」とすがりつく徳寿丸。俊寛「そうして母はなんとした」。すると守り袋を出し「かか様はこのなかに」。そこには俊寛の妻の戒名が……。

俊寛は右手に戒名、左手に我が子を抱き、「親子三人、このように、顔合わそうと思うたに、冥途へ行ったか、悲しや~」と号泣する。

その後も実にいろいろあるのだが紙幅でカット。結局、この巌窟にいる連中は、実は源氏方と平家方が化けた姿で入り乱れていたことが判明する。すごい迫力で一触即発の状況に陥るのだが、おなじみ「戦場にて再会せば。さらば」で幕となる。

ちなみに小督局が産んだ〈男子〉だが、クライマックスで「後鳥羽院と申せしは、この若君の御ことなり~」との衝撃の事実が語られる(史実では、別の寵姫の子)。
   ***
上演時間80分、唖然茫然とはこのことで、開いた口がふさがらなかった。あまりにも自由奔放な改作ぶり、ひたすら客を驚かせつづける作劇術と快テンポ、知識と教養に裏打ちされた人物設定に、圧倒されっぱなし。近松版よりこちらのほうが人気があったというのも納得の面白さであった。

もちろん、千歳太夫&錦糸の大熱演あってこそ。上演後のトークによれば、本来なら3組で演じ分ける段だそうで、錦糸師匠は「さすがに最後は腕が攣りそうになりました」と言っていた。さらに「あまりに人物が多く、しかも全員が別人に化けているので、演(や)っていて誰が誰だか、わからなくなりました」。

千歳師匠も「大人数なので、ドリフターズのイメージで、2人+2人のパターンで演じ分けました。こっちはカトちゃんとケンちゃん、あっちは仲本工事さんと高木ブーさん」と言っていた。

たしかに、最終場面は(本公演だったら)10体前後の人形が同時に登場するのではないか。30人の人形遣いが舞台上に入り乱れることになる。

三味線の譜面も残っていたが、あまり正確な書かれ方ではなく、復曲作業もたいへんだったようだ。実はお2人は、すでに数年前に内輪での上演をおこなっているほか、床本資料なども各地の研究機関に残っており、研究者の間ではそれなりに有名作品なのである。だが、それでもこうやって復曲上演を続けている。おそらく最終目標は、本公演だろう。錦糸師匠も「本公演で上演できればいちばんいいんですが……」と言っていたが、なかなか容易ではないようだ。

たしかに、これを人形つきの本舞台で観られたら、どんなに面白いだろう。それこそ署名を集めて国立文楽劇場へ直訴したくなる、そんな作品なのだが。


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