2023.06.20 (Tue)
第406回 朝ドラ『らんまん』が10倍おもしろくなる、コンパクトな2冊の本 【前編】

▲『MAKINO ~生誕160年、牧野富太郎を旅する~』(高知新聞社編、北隆館) ※リンクは文末に。
NHKの朝ドラ『らんまん』がおもしろい。視聴率もいいようだ。
朝ドラは、ここ数年、ひどかった。人物造形も物語も破綻していた『ちむどんどん』、女性パイロットを目指す話が、いつの間にか違う話になっていた『舞いあがれ!』など、妙なドラマがつづいた。
しかし今回は、モデルとなった植物学者・牧野富太郎の個性もあって、これが実在の人物だったかと思うと(ドラマゆえの創作があるにしても)、興味が尽きない。
脚本に、劇作家・長田育江さんを起用したのも、成功の要因だと思う。井上ひさし氏に師事し、劇団「てがみ座」を主宰。あたしは、『対岸の永遠』『海越えの花たち』や、『夜想曲集』(カズオ・イシグロ原作)、『豊穣の海』(三島由紀夫原作)、『レストラン「ドイツ亭」』(アネット・ヘス原作)などが忘れられない。文芸テイストと娯楽エンタメの中間をバランスよく書けるひとだと思っていた。
また、視聴率がよい理由には、以下のような点もあると思う。実は、1965~1979年の間、小学校3、4年生の国語の教科書に、童話作家・柴野民三によるミニ伝記「牧野富太郎」が載っていた。小学校中退ながら東大の先生にまでなったという、そのインパクトは強烈だった。
この教科書で学んだ世代は1955~1970年の間に生まれており、現在53~68歳。まさにあたし自身がその世代で、確実に脳裏に焼き付いている。練馬区にある牧野富太郎記念庭園にまで行ってしまったものだ。そしていま、TVの前で、おじいちゃん、おばあちゃんになった彼らが小学生時代を懐かしみながら、「むかし、教科書で読んだなあ」と、子や孫に話している……『らんまん』人気には、そんな背景もあるのではないか。
江戸時代末期からはじまる古風なヴィジュアルも朝ドラとしては新鮮だった。高知編で祖母を演じた松坂慶子の熱演もあって、NHKはこちらを大河ドラマにするべきだったと、真剣に思ったものだ。
そんな人気にあやかって、書店には、牧野富太郎関連本があふれている。かなり大きなコーナーまで設営している書店もあった。そのなかから、抜群におもしろい、かつコンパクトな本を、2点、ご紹介したい。
1冊目は、『MAKINO ~生誕160年、牧野富太郎を旅する~』(高知新聞社編、北隆館/2022年7月刊)。2014年刊の単行本を再編集して新書化したものだ。
牧野の一生は、植物採集のための「旅」の日々でもあり、全国各地を訪れていた。その足跡を、牧野の地元、高知新聞の記者があらためてたどり、同じ行程を歩きながら彼の一生を振り返る、いわば”旅行記風・伝記ルポ”である。
面白いのは、編年体ではなく、各章が旅行先の「土地」単位になっている点。冒頭は、突然、「利尻」の章からはじまる。1903(明治36)年、41歳、健脚の牧野は高山植物を求めて利尻山に登った。現代の記者とカメラマンも、おなじ行程をたどって意気揚々と山道へ……これが、果たしてどうなるかは、読んでのお楽しみ。
その後、記者は、「屋久島」「東京」「神戸」「仙台」「晩年の東京」「佐川、そして今」と、場所と時代を自由に行ったり来たりする。この構成は、牧野の多面性を立体的に浮き立たせることに成功している。読んでいて「次は、どの時代の、どこへ行くのだろう」と、こちらもタイムトラベルをしているような気になる。しかも、新聞連載がもとになっているだけに、エピソードがコンパクトで読みやすい。新聞記者の文章なので、短くてさっぱりしている。
また、本書は、引用・参考資料が実に幅広い。牧野自身の随筆や自叙伝(これも名著として有名)はもちろん、第三者による評伝や研究文、果ては「小説」までもが続々と登場する。特に、同郷の作家、大原富枝の遺作『草を褥〔しとね〕に 小説牧野富太郎』がうまく引用されており、単調な人物ルポで終わらせない効果を生んでいる。
かように本書は、朝ドラをご覧の方なら、「おお、この部分は、先週放送された、あの話か」と、ワクワクしながら読めるだろう。実は牧野は一人っ子だったとか、最初の東京旅行(博覧会出品)では番頭の息子と会計係の「2人」を引き連れていたとか、故郷・高知の佐川にすでに「妻」がいたとか(つまり東京では重婚!)、東京に出たあとも、始終、高知・佐川と行き来していたとか、ドラマとのちがい=真実も楽しめる。
なお、本書の版元「北隆館」とは、『牧野日本植物図鑑』の正式版元である。つまり本書は、本流も本流、いわゆる”オフィシャル出版”なのである。かつて同社には”牧野担当”がいて、生活費や書籍代などの面倒を見ていたとの、古き良き時代の挿話も登場する。
写真図版も多く、巻末にはイラスト入りの「全国ゆかりの地マップ」や「年表」もある(イラストは高知県立牧野植物園の方らしい)。正味ほぼ200頁、定価は本体900円、新書なのでコンパクトだ。朝ドラの”副読本”に、ぜひ、お薦めします。
そしてもう1冊は、凡百のミステリもかなわない「謎解き本」なのだが、まず本日は、これぎり。
〈この項、つづく/後編は、こちら〉
□『MAKINO ~生誕160年、牧野富太郎を旅する~』は、こちら。