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2023.07.16 (Sun)

第415回 【吹奏楽】マスランカのコラールが「スペクタクル」化する理由

マスランカ
▲デヴィッド・マスランカ(1943~2017) (出典:Wikimedia Commons)

アメリカの作曲家、デヴィッド・マスランカ(1943~2017)が逝って、今年で6年目になる。日本風にいうと七回忌だ。
だからというわけでもないだろうが、たまたま、大学WO(ウインド・オーケストラ)によるマスランカを、2夜連続で聴いた。

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国立
▲国立音楽大学ブラスオルケスタ― 第64回定期演奏会(サントリーホール)

まず、国立音楽大学ブラスオルケスターによる、《サクソフォン四重奏と吹奏楽のための協奏曲》(指揮:井手詩朗/7月11日、サントリーホール)。客演サクソフォンが、雲井雅人S、佐藤渉A、坂東邦宣T、田中靖人Bの4氏で、たいへん豪華。田中氏は、最近まで東京佼成WOのコンサートマスターをつとめ、今年度から国立音大教授に就任した。

本曲は2012年発表、3楽章構成の「コンチェルト・グロッソ」だ(マスランカ自身の解説)。Ⅰ・Ⅱがほぼ緩徐楽章なので、Ⅲに至るまで緊張を保たせるのが難しい。しかも、この四重奏は、4人がそれぞれまったく別のことを同時にやるような部分が多い。たとえば、Ⅰ冒頭では、S・Aが長い音符をゆったりと奏している下で、Bだけが10連符~9連符~12連符……とのたうち回る。これを、WOをバックにバランスよく奏するのは、たいへんなことだと察する。だがさすがにこの4人は手練れだけあり、約30分、最後まで美しく聴かせてくれた。

雲井氏はマスランカと縁が深かったことで知られている。委嘱作や献呈作も多い。ノースウエスタン大学大学院留学中の1982年には、《子供の夢の庭》世界初演にも参加していた。思いも一入〔ひとしお〕だったのではないか(アンコールの《ゴルトベルク変奏曲》アリアも、マスランカ編曲だと思う)。

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藝大ウインド
▲東京藝大ウィンドオーケストラ 第95回定期演奏会(東京藝術大学奏楽堂)

翌12日は、東京藝大WOでマスランカの《交響曲第4番》(指揮:大井剛史、東京藝術大学奏楽堂)。本曲をパイプオルガン入りで聴くのは初めてだった。

これは1994年初演、単一楽章で約30分、鳴りっぱなしの大曲である。いくら藝大生とはいえ、学生にはシンドイのではと不安を抱えて臨んだ。ところが、よくここまで仕上げたものだと感動させられる演奏だった。たぶんひとえに、大井氏の指導に功がある。単なる音の洪水にせず、正確に拍をとりながら冷静に若者たちを率いていた。新奏楽堂は最大残響2.4秒のホールだが、パイプオルガンを含めたバランスもちゃんと考慮されていた。

本曲については、作曲者自身が「住み慣れたモンタナ州の大自然」がモチーフになったと述べている。よって「交響詩:モンタナ」ともいうべき味わいがある(実際、彼には《モンタナ・ミュージック》と題するシリーズがある)。そのことが伝わってくる演奏だった。

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子供の夢の庭CAFUA
▲厚木西高校のCD。リマスタリング再発され、ロングセラーとなっている。

日本でマスランカの名が知られるようになったのは、神奈川県立厚木西高校吹奏楽部のライヴCD《子供の夢の庭》(1999年録音、CAFUA)あたりだったと思う。当時、指揮の中山鉄也先生と厚木西がとりあげる曲には、目が離せなかったものだ。

これはユングによる有名な「8歳の少女が見た12の不気味な夢」をモチーフにした30分強の組曲である。スペクタクル+繊細な響きの組み合わせがユニークだった。新しいタイプの作曲家があらわれたように感じたのを覚えている(あの当時、高校生が、よくもこんな曲を演奏したものだ)。

その後、2008年に東京佼成WOが《マザー・アース》を演奏(指揮:金聖響)。
コンクール全国大会への初登場は翌2009年、福岡教育大学の《我らに今日の糧を与えたまえ》だった(銀賞)。このころから、日本でも人気作曲家となった。
そして2018年、近畿大学が《交響曲第4番》(抜粋)を全国大会初演。圧倒的名演で金賞を獲得する。これにより、第4番を中心に、マスランカのほかの交響曲も注目を浴びるようになった(全10曲中、8曲が吹奏楽。ただし第10番は未完で、息子が補筆完成)。

だが、その前年2017年に、すでにマスランカは鬼籍に入っていた。考えてみれば、マスランカの人気定着は、日米でかなりの時間差があったのだ。

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マスランカ作品の多くは、聖書やコラール(讃美歌)がモチーフになっている。今回聴いた2曲にも多く登場していた。バッハの引用も多い。なぜ、彼はコラールを多用するのか。
「私がコラールを使うのは、キリスト教の教えを説くためではなく、何世紀にもわたる人間の経験で育まれたメロディーの力を大地から強く感じるからなのです」と述べている(《サクソフォン四重奏と~》のスコアに寄せたコメント/拙訳)

そのせいか、彼の曲におけるコラールの引用は、すべてではないが、よく“一大スペクタクル音楽”と化す。たとえば第4番の、まるでこの世の終わりと復活が同時に襲ってきたような怒涛のクライマックスなど、慣れていない方は、なにか異常な事態が発生しているように感じるのではないだろうか。

あそこで流れる讃美歌の旋律は《詩篇旧第百番》(Old Hundredth)。吹奏楽では、C.T.スミス《ルイ・ブルジョワの讃美歌による変奏曲》でも有名な旋律だ(これまた“大スペクタクル”音楽!)。バッハも、カンタータ《主なる神よ、われらはみな汝をたたえん》 BWV 130で引用している。

ユグノー典礼用詩篇
▲通称《ジュネーヴ詩篇歌集》 (出典:Wikimedia Commons)

この讃美歌は16世紀フランスの作曲家ルイ・ブルジョワの作で、ジュネーヴで編纂された《ユグノー典礼用詩篇》(通称「ジュネーヴ詩篇歌集」)に収録されていた。ジュネーヴは、ジャン・カルヴァンによるプロテスタント宗教改革の中心地で、出版・印刷業が盛んだった。
現在、ジュネーヴにはWHOやILOをはじめ36の国際機関、約700のNGO(非政府組織)本部、約180の政府代表部などが集中している。なぜか。「スイスは中立国だから」とよく説明されるが、「いや、あそこはバチカンに対抗する“プロテスタントのローマ”だから」「ジュネーヴは、プロテスタントによる世界征服の本拠地」などと冗談でいうひともいる(当たらずとも遠からず?)。
《詩篇旧第百番》はそんな土地を背景にした、プロテスタントを代表する讃美歌なのだ。

ごまかさない
▲「プロテスタントにはついていけない」

近刊『ごまかさないクラシック音楽』(新潮選書)は、岡田暁生氏と片山杜秀氏の対談本だが、2人ともローマ・カトリック系の学校出身だった。そのせいか、たとえばプロテスタントの“大親分”バッハの《マタイ受難曲》のような血まみれ音楽は、どうも苦手だと述べている。岡田氏は「狂気そのものと言っていい受苦を、私はバッハの《マタイ受難曲》にも感じるんですよ」、片山氏は「プロテスタントの戦闘的な、駆り立てるような、それにはちょっとついていけない」とまで述べている。

ということは、マスランカ作品でコラールが“一大スペクタクル音楽”化するのは、まさにプロテスタント精神の爆発で、カトリックのひとたちにとっては耐え難い音楽……なのかもしれない。
ああ、浄土宗でよかった。

□マスランカの曲の多くは、YOUTUBE検索ですぐに見つかります。
□ナクソス・ミュージック・ライブラリーのマスランカ作品リストは、こちら
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