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2023.07.26 (Wed)

第418回 【映画紹介】「限界突破」した、METの新演出《魔笛》

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▲METの新演出版《魔笛》 (METライブビューイングHPより) ※予告編やリハーサル映像のリンクは文末に。

残念ながら7月27日で上映終了なのだが、今後、アンコール上映があるはずなので、いまのうちにご紹介しておきたい。METライブビューイング(NYメトロポリタン歌劇場の舞台映像)の、新演出版《魔笛》である。特に「舞台」「演出」に興味のある方は、必見の映像だ。
(指揮:ナタリー・シュトゥッツマン、演出:サイモン・マクバーニー/6月3日上演)

はじめに身も蓋もないことをいう。観慣れている方には釈迦に説法だろうが、時折、モーツァルトのこの《魔笛》を「オペラ」だと思っているひとがいる。だが正確には《魔笛》はジングシュピール(セリフ入りの歌芝居)、当時の「歌謡ショー」である。

しかも初演会場が一般大衆劇場だったので、いまふうにいうと、「フライハウス劇場特別興行/シカネーダー奮闘公演! 歌謡ショー《ふしぎな笛》」といったところか。

だから、《フィガロの結婚》のようなドタバタ喜劇や、ヴェルディやプッチーニのような激情ドラマを期待しても無駄なのである。ましてや、(物語がファンタジーなので)オペラ入門に最適のような解説があるが、これまたとんでもない話で、人生初のオペラ体験にこんな支離滅裂な「歌謡ショー」を選んでは、絶対にいけません。

この歌謡ショーは、興行師・劇場主・台本作家・俳優・歌手のエマヌエル・シカネーダーなる男が、ひと山当てようと目論んで、自ら台本を書いてモーツァルトに作曲させた歌芝居である。しかも自分は準主役の「鳥刺し男・パパゲーノ」役を演じ、ヒット曲を独り占めした。だからストーリーはあまり重要ではない。前半と後半で、善悪が入れ替わるドンデン返し設定にもかかわらず、まったくスリリングでもないし、驚きもない。それどころかラストは、フリーメイスンがいかにすばらしい団体であるかを自画自賛して突如終わるので、観客は呆気にとられてしまう。

ゆえにおそらく、人生初のオペラ体験が《魔笛》だった方は、まちがいなく「いい曲もいくつかあったけど、なんだか妙なお話でしたね」が一般的な感想のはずなのだ。

   *****

今回の演出はサイモン・マクバーニー。イギリスの俳優で、近年だと、映画『裏切りのサーカス』(2011)や、『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』(2015)などに出演していた。その一方、舞台演出も手がけており、《魔笛》もすでに欧州の音楽祭で経験すみだ。

で、今回のMET新演出は、現代的な解釈がどうしたとか、本来のファンタジーに帰するとか、そういう精神は皆無。1791年(初演時)の「歌謡ショー」を21世紀に再現したらどうなるかに挑んだ、(むかしのタモリが好きだった)「無思想歌謡」大会なのであった。幕間のインタビューでマクバーニーが語るには、「初演当時の劇場は、舞台と客席がもっと近かった。オーケストラもほとんど舞台上だった。そんな雰囲気を再現した」とのことだった。

よって、たとえば舞台下手袖に「黒板アーティスト」がいて、小さな黒板にチョークで、ちょっとしたキイワードやシンボルを次々と即興で落書きしては消していく。それがカメラで舞台上にデカデカと投影される(予告編映像参照)。また上手袖には「効果音ウーマン」がいて、廃材や生活用品で、鳥の羽音や水音、雷鳴などを同時に出す。むかしながらのアナログ演出である。

さらにオーケストラは、本来のピットよりずっと高い位置にあって、手前にエプロンステージ(宝塚歌劇でいう「銀橋」)が設置され、歌手とオケが混然一体となる(特にフルート奏者と鈴=グロッケンシュピール奏者は、芝居に「参加」する→リハーサル映像④参照、ラスト抱腹絶倒!)。

そのほか、舞台上には巨大な「可動板」が第2ステージのように設置され、歌手はそのうえで走ったり転んだり、たいへんな運動をさせられている。スーパー歌舞伎よろしく宙づりまで登場する(リハーサル映像⑤参照)。

あたしも《魔笛》は、映像も含めればずいぶんいろいろ観てきたが、こんなヴィジュアルは初めてだった。特にMETの場合は、《ライオン・キング》の演出でおなじみ、ジュリー・テイモア版が、長く定番だった(そもそもMETライブビューイングの第1弾が、彼女の演出による英語短縮版《魔笛》だった。2006年大晦日、歌舞伎座と南座で上映された。その後、テイモアはドイツ語完全版も手がけている)。テイモア版は絵本がそのまま動き出したような、なんでもありの楽しい演出で、どこか東洋的な雰囲気があった(原典版では、タミーノは日本から来た王子様との設定である。タミーノ=民野?)。

だがおなじ「なんでもあり」でも、今回は、さらに上をいく万能演出で、ナマ舞台の演出アイディアとしては、まさに「限界突破」したような感じである。

歌手もさすがMETで、特に「夜の女王」を、杖をつき、車椅子に乗る醜悪老女として演じたキャスリン・ルイックの歌唱・演技は、背筋をなにかが走る壮絶さ(リハーサル映像②参照)。今後、これ以上の「夜の女王」に出会えるとはとても思えなかった。巨漢スティーヴン・ミリングの「ザラストロ」も、こんな男が教祖だったらたちまち信者倍増だろうと納得させられた(リハーサル映像③参照)。

指揮は、コントラルト歌手として頂点を極めたナタリー・シュトゥッツマン。かつて彼女の《冬の旅》など、実に新鮮な思いで聴いたものだ。いまは指揮者としても成功しており、今夏、バイロイト祝祭で「史上2人目の女性歌手」として《タンホイザー》を指揮するはずである。今回の指揮はもう自家薬籠中のもので、舞台上の複雑な動きや演出とのからませ方も見事だった。

というわけで、今年度の「METライブビューイング2022~23」の10本はすべて上映終了した。あたしは7本しか観られなかったが、この最終作《魔笛》は、観ておいてほんとうによかったと思った。今後、アンコール上映があったら、何が何でも観ていただきたい、傑作映像である。

◇METライブビューイング、新演出《魔笛》の紹介は、こちら
舞台写真や予告編、リハーサル映像①~⑤が見られます(本番収録とは細部がちがいます)。

◇MET《魔笛》の旧演出(ジュリー・テイモア演出)予告編は、こちら

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