fc2ブログ
2023年11月 / 10月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫12月

2023.08.27 (Sun)

第421回 文楽とバレエが同居した、前代未聞の合同公演

舞台芸術のあしたへ
▲国立劇場6館研修終了者合同公演

独立行政法人日本芸術文化振興会は、6館の国立劇場を運営し、それぞれが研修事業を実施している。歌舞伎、大衆芸能(太神楽、寄席囃子)、組踊(琉球音楽劇)、能楽、文楽、オペラ、バレエ、演劇……と多岐にわたっている。

あたしが国立劇場の研修制度を強く認識したのは、1986年、スーパー歌舞伎の第1弾、『ヤマトタケル』初演だった。かなり重要な脇役「みやず姫」を、名題下の市川笑也が見事に演じたのだ。三代目猿之助の門下で、それまで澤瀉屋一座では腰元などを演じていただけに、異例の大抜擢だった。

このとき笑也が一般家庭の出身で、国立劇場研修所の修了生(第5期)であることが話題となった。このあと、笑也は同演目の再演で兄橘姫役などに“昇進”、澤瀉屋の人気女形に成長する。同時に門閥を重視しない三代目猿之助の方針も明白になった。市川春猿(現・河合雪之丞)、市川段治郎(現・喜多村緑郎)といった研修所修了生が続々起用された。

そんな国立劇場研修所の修了生による合同公演『舞台芸術のあしたへ』に行ってみた(8月20日、国立劇場大劇場にて/昼夜2回公演のうち、夜の部を鑑賞)。初代国立劇場が10月で閉場されるにあたっての「さよなら特別公演」だという。

チラシを見ると(上写真)、歌舞伎からはじまって演劇、能楽、大衆芸能、組踊、バレエ、文楽、オペラ……など計9演目が上演されるようだ。いままで、こんな催しがあったのか寡聞にして知らなかったが、あたしは初めての見物である。

しかし、これだけのものをやるのだから、3~4時間を要すると思いきや、上演時間は休憩なしで1時間45分となっている。ということは、おそらく1演目10~15分程度。吹奏楽コンクールの規定演奏時間とおなじだ。いったい、こんな短時間で、歌舞伎から文楽、バレエ、オペラまでを、どうやって見せるというのか……。たぶん、演目ごとに幕を上げ下げし、なにもない舞台上でシンプルに、それこそ学校の体育館における合唱コンクールのように展開するものだと思っていた。

ところが、そうではなかった。最初、たしかに緞帳は下りていた。しかし開演して上がったら、最後まで緞帳は下りず、幕も引かれなかった。シンプルながら、ちゃんと舞台美術もある。あたしたちは9つの演目を観たのではなく、105分間の一幕出し物を見せられたのである。

ではどうやって舞台転換をしたのか。ほとんどの演目は、廻り舞台を使っていた。たとえば冒頭は中村又之助(第8期)、市川新十郎(第10期)による歌舞伎舞踊『二人三番叟』だった。正面に、人間国宝・竹本葵太夫(第3期)を中心に、三味線・鳴物。後方に松羽目板。終わると暗転して羽目板が上がり、舞台が廻り始める。

すると後方から廻ってきたのは、沖縄「ひめゆり学園」の女生徒たちである。新国立劇場の演劇ファンにはおなじみ、朗読劇『ひめゆり』だ(脚本:瀬戸口郁、演出:西川信廣)。全部で10数名、半分はつい1週間ほど前に本公演を演じた第17期の現役生たちである。もちろんダイジェストだが、さっきまで歌舞伎舞踊が展開していたおなじ板の上で、真っ赤な照明を浴びながら沖縄戦を題材にした現代劇が展開することに、まったく不自然さを感じなかった。

このようにして、次々と舞台を廻しながら、狂言『盆山』(昼の部は居囃子『高砂』)、太神楽(いわゆる曲芸)、そして国立劇場おきなわの組踊『手水の縁』と間断なくつづく。あたしは組踊を見たのは初めてで、それまで琉球芸能といえば民謡くらいしか知らなかったのだが、歌三味線による地謡がこんなに美しいとは思わなかった。

唯一、セットも道具もない舞台上で、むき身の肉体のみで展開した演目が、バレエ『ロマンス』である。新国立劇場バレエ団の貝川鐵夫が振り付け、ショパンのP協第1番の第2楽章で、5人の女性ダンサー(第15、17期)が踊った。2016年初演の人気演目だそうで、静謐で美しい舞台だった。

つづく文楽は、吉田勘彌(第2期)、吉田蓑二郎(第3期)の人形を中心にした『万才』。文楽特有の舞台機構「船底」「手摺」なども即席で設けられていた。さすがに「床」は設置できないので、太夫・三味線は舞台正面、長唄風の山台上で演奏された。

ちなみに文楽の研修所は、今年度、入所者がゼロだったことが話題となった。あたしは、その件で吉田勘彌さんに取材して「デイリー新潮」に寄稿したばかりだったので、他人事とは思えずに見入ってしまった(準備の都合上困難だったろうが、文楽を知らないひとにアピールするいい機会だったので、できれば八百屋お七の「火の見櫓」か「金閣寺」の木登りシーンなどを演ってほしかった)。

オペラは《椿姫》~〈乾杯の歌〉の場。ピアノ伴奏と簡素なセットだが、ちゃんとヴィオレッタ邸の大宴会を、衣裳・小道具付きで見せてくれる。しかも第1幕冒頭部から〈乾杯の歌〉終了までを字幕付きで全部聴かせてくれた。

最後に歌舞伎の景事《元禄花見踊》がにぎやかに演じられ、出演者全員が舞台上に並ぶフィナーレで終了。当日は両花道が付いており、歌舞伎陣は下手花道から、バレエやオペラ陣は上手花道から登場した。来月が『妹背山女庭訓』の通しなので、すでに両花道が設置されていたのだろう。おなじ舞台上に文楽の人形遣いとバレリーナが一緒にならぶ、前代未聞のヴィジュアルが展開したのであった。

これは、中学高校の芸術鑑賞会にぴったりの公演だと思った。一演目がせいぜい十数分。次から次へと瞬きする間もなく、まったくちがうタイプの演目が飛び出してくる。おそらく生徒たちは、終演後「どれが一番よかったか」で盛り上がるだろう。

仕込みや演者の確保で、そう簡単にはできないことは十二分にわかる。だが、これほど広範な舞台芸術があり、それを国が維持している姿を若いひとに見せることはとても重要だと思う。そして、これらの演目すべてに(ほぼ無償、もしくは奨励金まで出る)「研修制度」があり、安定企業への就職ばかりが未来ではないことを知ってもらう、いい機会だとも思うのだが。
(敬称略)

国立劇場タクシー突っ込んだあと
▲8月11日に、タクシーが突っ込んだ跡(国立劇場)

スポンサーサイト



19:40  |  コンサート  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

*Comment

コメントを投稿する

URL
COMMENT
PASS  編集・削除するのに必要
SECRET  管理者だけにコメントを表示  (現在非公開コメント投稿不可)
 

▲PageTop

 | BLOGTOP |