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2023.10.07 (Sat)

第424回 【新刊紹介】本年度最大の「奇書」、『百人一死』

百人一死
▲井伊華言『百人一死 詩人たちはいかに死んだか』(水声社)

仕事柄、いろんな本に目を通すほうだと思うが、よもや、このような「奇書」に出会うとは夢にも思わなかった。いや、「奇書」というよりは「怪著」あるいは「快著」というべきか。いずれにせよ、少なくとも本年度内に、これ以上インパクトのある本に出会えるとは、とうてい思えない。

書名『百人一死』とは、一見冗談のような書名だが、副書名「詩人たちはいかに死んだか」で一目瞭然だろう。古くからある「往生伝」や、山田風太郎の名著『人間臨終図巻』(徳間文庫/角川文庫)の詩人版だ(実際、山田本に触発された旨、あとがきに記されている)。

オビによれば、こういう本である。

《尋常ならざる生を生き、異常な死を遂げた詩人の例は古今東西枚挙にいとまがない。
西洋古典文学、漢詩、江戸文藝をめぐる著作で知られる屁成の奇人・枯骨閑人改め恍惚惨人が、詩人百人の「死に様」を諧謔と痛憤をこめて綴った、戯作・詩人往生絵巻。》

ところが、その「諧謔と痛憤をこめて綴った」内容が尋常でない。いかに尋常でないか、主に3点、あげる。

【1】とりあげられた詩人と死因区分けが尋常でない。
あたしなど、往年の「詩人」と聞くと、鮎川信夫、石原信郎、吉原幸子あたりが浮かぶのだが、本書でいう詩人とは、叙事詩、抒情詩、俳句、短歌、和歌、漢詩、劇詩、川柳、吟遊詩人……と、とにかく短詩系文学とその周辺にかかわった、あらゆるひとが対象である。

しかも時代がウルトラ級に広範だ。なにしろ最初に登場する詩人が「オルフェウスとリノス」である。ギリシア神話の吟遊詩人ではないか(ちなみにリノスとは、オルフェウスの弟子だという)。

以下、最初の章に登場する詩人だけを掲載順にあげると……ヘシオドス、イビュコス、ビオン、鮑照、劉琨、謝混、皮日休、李煜、源実朝、マーロウ、佐久間象山、プーシキンとレールモントフ、ロルカ、パゾリーニである。

まあ、後半の数人は名前くらいは知っているし、パゾリーニは映画監督としても有名だったからわかるが、この見慣れない漢字の(ワープロで漢字を探すだけでもたいへんな)方々は、なにものなのだろうか。これみな、西暦3桁年代に活躍した中国の詩人らしいが、漢詩に詳しい方の間では有名なのだろうか。

さらに、死因区分け(各章タイトル)が尋常でない。上であげた詩人たちは、冒頭の章《殺された詩人たち》で紹介されている。たしかにプーシキンとレールモントフは「決闘」で死んでいる。パゾリーニは性加害を受けた少年に轢き殺された(数百人の少年を餌食にして最高裁で認定されながらも、平然と87歳で逝った人物と、なんというちがいだろう)。

そのあとは、《自殺した詩人たち》《刑死した詩人たち》《獄死した詩人たち》《強制収容所で死んだ詩人たち》《流謫のうちに死んだ詩人たち》《戦死した詩人たち》《奇禍によって死んだ詩人たち》《夭折した詩人たち》《野垂れ死にした詩人たち》《幸福に死んだ詩人たち》とつづく。

有間皇子や大津皇子、トマス・モアは「刑死」。「流謫のうちに死んだ」のは、おなじみ菅原道真、後鳥羽院。「戦死」は、源頼政、平忠度、平経盛、竹内浩三……なんだ、どれも有名詩人ではないかと思われるだろう。だがこれは、たまたま、あたしが知っている詩人名を挙げただけで、前述のように、大半は、見たことも聞いたこともない詩人ばかりなのである(ただし、Wikipediaで検索してみると、大半は出てくるので、あたしが知らないだけで、斯界では著名なのであろう)。

ちなみに、最古の有名詩人といえば、上記オルフェウスを別とすれば、やはり『イリアス』『オデュッセイア』のホメロス(紀元前8世紀)であろう。あたしも、音楽ライターなんぞをやっているので、トロイ戦争を題材にした吹奏楽曲の解説を書く機会は意外と多い(特に、昨今、大ヒット中のマッキー《ワインダーク・シー》など)。よって一応、ホメロスについては、いくつかの資料に目を通してきた。

しかし、その「死因」については、考えもしなかった。あまりに古い時代の話なので、不鮮明なのは仕方ないが、ホメロスは、かねてより自らの死について、神託(予言)を受けていたという。

《汝の母の祖国なるイオスと呼ばるる島ありて、死せる汝が屍を受け取らん、/されど子供が汝にかくる謎には注意せよ。》

つまり、イオス島へ行ったら、子供が出す謎かけが解けずに悲観して自殺、もしくは《落胆のあまり呆然としていて泥土に足をとられて転倒し死んだとも伝えられている》と、なんとも情けない最期だったというのである。

《伝承の中のギリシアの詩人たちの死の多くは異様な死である。これは、特別な存在である詩人の死は、普通の死ではありえないという素朴な考えから派生したものであろう。(略)「詩人薄命」の中国と同じく、詩人であることは、ギリシアにおいてはなかなかにつらいことだったようである。》

と著者は結んでいる。

【2】筆致が尋常でない。
というわけで、書名はいうまでもなく、上記の末文を読んだだけでも、シビアな筆致のなかに、冗談とも真摯ともつかない言い回しが紛れていることに気づくだろう。これが、本書のもうひとつの魅力でもある。

具体的な引用をはじめると全編を書き写したくなるので、「エイヤ」で開いた箇所を紹介する。「自殺した」北村透谷の章である。著者は、英語「love」の日本語訳「恋愛」を定着させたのが透谷であると記したうえで、

《現代中国語には、清朝までの中国にはなかった「恋愛」ということばがあるが、これは日本語から移入されたものらしい。ネット上での恋愛のことを「網恋愛」〔ワン・リエンアイ〕と言うようだ。(略)「空巣老人」とは独居老人のことで、「老婆」〔ラオボウ〕とは「カミさん」「女房」のこと、「太太」〔タイタイ〕とは「奥さん」のことである。どんな若妻でも亭主から見れば「老婆」であり、ほっそりとした既婚夫人でも「太太」なのである。「屁股」が「屁」を意味する普通の言葉だと知ったときには笑いが止まらなかった。》

と、透谷からどんどん脱線していくのである。

あたしは、この筆致に接しているうちに、中高生のころ、むさぼるように読んだ、狐狸庵先生(遠藤周作)や、北杜夫のエッセイを思い出した。たいへんな教養と知識欲を、すこしばかり下世話な話題とからめながら楽しく述べる、あのタッチだ。

【3】著者が尋常でない。
で、そんな独特な筆致を21世紀のいま、堂々と弄しているこの著者は、いったい、なにものなのだろうか。

この著者は「伊井華言」という。「いい・かげん」と読むらしい。当然ながら、筆名だろう。しかし、これだけのことを書けるのだから、少なくともアマチュアではあるまい。本書および版元HPには、以下のような略歴が載っている。

《戦前生まれ。元西洋古典学徒。廃業後は狂詩・狂歌・戯文、非句作者。主著に、狂詩・姦詩・戯文集『屁成遺響』(醉醒社)、「茂原才欠(もはらさいかく)」の名によるタンカ集『塵芥集』(大和プレス—思潮社)、偽作ネーモー・ウーティス(誰でもない男)『ギリシアの墓碑によせて』(大和プレス—思潮社)。ほかに著訳書として、ギリシア・ラテン文学、漢詩、和歌、フランス近代詩その他にかんするホウマツ本多数がある。》

あたしは、この略歴と上述の戯号を見て、すぐに誰だかわかった。文学博士で古典学界の泰斗である。たいへんな大物だ。岩波・筑摩文化人といってもよい。翻訳・評論解説書多数。このあたしでさえ、1冊だけだが、このひとのちくま学芸文庫をもっている。よってここでも名前を出したいのだが、これほど自らを諧謔にさらして実態を伏せ、代表作を一書もあげないのだから、よほど知られたくないのだろう。だからあえて本名には触れないでおく。

だが、このままではあまりにも隔靴掻痒な紹介で終わってしまう。博覧強記の毒舌学者の奇書ですませるわけにはいかない。そこで、本書の最終章を紹介する。《幸福に死んだ詩人たち》である。ピンダロス、白楽天、俊成、西行、一休、市河寛齋、ゲーテ、ユゴー、良寛とつづいて、最後は「大田南畝」が登場する。

《やつがれが許しもなく勝手にその弟子を僭称し、狂詩・狂歌、戯文の先師と仰いでいる蜀山人大田南畝先生》と書くだけあり、この項だけ、筆致がちがう。ていねいな尊敬文なのだ。

ちなみに著者は、本書中で自らの一人称を「やつがれ」と記すのである。自分のことを徹底的にへりくだっていう、大昔のいいまわしだ。

《先生は(略)でお生まれになった。江戸に生まれたということは先生の終生誇りとなさっていたところで、粋を好み野暮を嫌うチャキチャキの江戸っ子におわしたのである》《先生は晩年に至っても女人への御関心薄れることなく、芸者お香に惚れこんで彼女を妾にしておられる。老いてなかなかお盛んだったのである。》

このあと、先生がいかにしてご逝去なされるかを、著者は狭い紙幅の範囲内で、愛情こめて綴っている。まさかこのような強烈な本の最後に、こんなに温かく、ホッとする挿話が登場するとは。

蜀山人の生涯といえば、第30回新田次郎文学賞受賞の名作、竹田真砂子『あとより恋の責めくれば  御家人大田南畝』 (集英社文庫) に見事に描かれているが、実は、この著者「井伊華言」の本質は、この小説世界に近いところにあったのではないか。ということは、本書は「奇書」に非ず、「喜書」なのではないか、そんな気にもなるのである。

□井伊華言『百人一死 詩人たちはいかに死んだか』(水声社)HPは、こちら
(一部立ち読みあり)


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