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2023.10.19 (Thu)

第425回 【コンサート】カーチュン・ウォンの《夏の朝の夢》

サントリー入口
▲カーチュン・ウォン&日フィル(10月13日、サントリーホールにて)。

カーチュン・ウォンは、2018年11月に東京佼成ウインドオーケストラ(TKWO)第141回定期演奏会に登壇している(大阪でも)。それ以前に、日本のオーケストラを指揮したことは何度かあったようだが、あたしが彼の指揮姿を見たのは、そのときが初めてだった。

曲は、バーンズの《呪文とトッカータ》、ヴァンデルローストの交響詩《スパルタクス》、アーノルドの《ピータールー序曲》(近藤久敦編)、ムソルグスキーの組曲《展覧会の絵》(高橋徹編)。

ここで面白いなあと思ったのは、《展覧会の絵》に、高橋徹(大阪音楽大学教授)編曲のスコアを起用したことだった。この曲の吹奏楽ヴァージョンはいくつかあるが、高橋版は、鍵盤打楽器で開始する新発想の編曲である(ヴィブラフォン+チャイム+グロッケンシュピール+チェレスタ)。大阪音大短期大学部吹奏楽コースの教材として編曲され、たまたまヤン・ヴァンデルローストが興味をもち、ベルギー・レメンス音楽院で彼の指揮により全曲初演・録音~出版に至った。

吹奏楽でも、ラヴェル版に即した編曲を好む指揮者が多いのに、なぜカーチュンは、このヴァージョンを選んだのか。事務方に聞いたら、「吹奏楽でやる以上、従来のラヴェル版から離れた、吹奏楽らしい編曲で演奏したい」との希望があり、高橋版になったとのことだった。

実はカーチュンは、“吹奏楽少年”だった。シンガポール生まれの彼は、小学校1年からブラスバンド部でコルネットを吹いてきた。中学~高校時代は吹奏楽部でトランペットを吹き、TKWOのディスクを聴きながら、その響きに憧れていたという。だが、兵役で軍楽隊勤務中に唇を傷め、作曲・指揮の道に進んだ。クルト・マズアに師事し、2016年にグスタフ・マーラー国際指揮者コンクールで優勝して世界の檜舞台に登場した。

このコンクールは3年に1回、バンベルク交響楽団の主催で開催される。マーラーの孫娘マリーナ・マーラーが名誉審査員。2004年の第1回でグスタヴォ・ドゥダメルが優勝したことで最初から注目を浴びる催しとなった(ちなみにこの第1回で第3位に入賞したのが、のちにシエナWOやTKWOを指揮する松沼俊彦氏である)。

カーチュンがTKWOを指揮する姿は、いまでも脳裏に焼き付いている。スックと立って(それこそ軍楽隊の楽長のように)、その振りは、拍をとるというよりは、楽譜に書かれた指示や表情を、各楽器に細かく身振り手振りで伝えているようだった。しかも全曲、暗譜。スコアが隅々まで頭に入っていることは明らかで、とてもいい演奏だった。あとで楽団員諸氏に感想を聞いたら、みなさん、大絶賛であった。ぜひ、これからも時々でいいから、吹奏楽を指揮してほしいと願わずにはいられなかった。【演奏ライヴ映像あり→文末】

   *****

そのカーチュン・ウォンが、日本フィルハーモニー交響楽団の首席指揮者に就任し、この10月13・14日、第754回東京定期演奏会(首席指揮者就任披露演奏会)に登壇した(サントリーホール)。いままでに同団には何度か客演しており、あたしは日フィルの定期会員なので聴いていたが、この日は、いよいよ正式な「首席」就任披露である。しかも曲は、演奏時間100分超におよぶ超大作、マーラーの交響曲第3番ニ短調(山下牧子=メゾ・ソプラノほか)。実はこの第3番は、カーチュンが優勝した年のマーラー・コンクールの、課題曲の1つだった(おそろしいコンクールだ!)。

会場はほぼ満席(13日)。このような形で、ふたたびカーチュンの指揮姿を見るとは予想していなかったので、とてもうれしかった。しかも2階R席なので、今回は彼の表情を見ながら聴くことになった。もともと童顔とはいえ(1986年生まれなので、まだ37歳である)、こんなに楽しそうに、うれしそうに、幸福の表情で指揮しているとは驚いた。今回も暗譜である。この大曲を暗譜で振る指揮者は珍しくないが、とにかくマーラーのスコアは指示や記号が多い。それらがすべて脳裏に刻まれており、今回もまた、ひとつひとつていねいに、身振り手振りで表現して音を引き出すかのようだった。

日フィルもまさに入魂の演奏で、冒頭のホルン(9本!)から見事なそろい方。第4楽章、女声ソロ(ニーチェ『ツァラトゥストラはかく語りき』)とホルンの“かけ合い”も、美しかった。第6楽章では7人(対)のシンバル奏者が同時炸裂し、まるで首席就任を寿ぐ大讃歌のようですらあった。終演後も拍手は鳴りやまず、聴衆は帰ろうとしない。楽団員が下がったステージに一人呼び出され、いつまでも笑顔で拍手に応えていた。

カーチュン

この曲をマーラー自身は、当初、一種の“自然讃歌”として計画していた。だから、むかしのLPには、本来付く予定だった副題《夏の朝の夢》が冠せられた盤がよくあった。それを考えると、いささか大スペクタクルになりすぎたような気もしたが、ただ、やはりカーチュンは、本来の姿を追っていたのだとわかる瞬間があった。それは最終楽章の最後のフェルマータの和音である。スコアには「伸ばせ」「ディミヌエンド(次第に弱く)するな」などと書かれているが、よく見ると強弱記号はせいぜい「ff」である。それどころか金管群は単なる「f」だ。「力ずくではなく、高貴な音で満たせ」なんて指示もある。

しかし、あたしなど、マーラー3番といえばバーンスタインとNYフィルの旧盤で知った世代である(そもそも1961年の録音時からしばらくは、いまほど有名な曲ではなかった)。それだけにバーンスタインの熱すぎる演奏が刷り込まれてしまっており、ついクライマックスは「fff」くらいが書かれているような気になっていた。だが、そうではないのだ。

当然カーチュンは、それをわかっていた。最後の音が切れる瞬間を、「フワッ…」と終わらせた。「バシッ‼」とは切らなかった(ところが、「フワッ…」の瞬間に拍手をしてしまう聴衆が数人いたので、ご本人は一瞬、悔しそうな表情を浮かべていた/13日)。

やはり《夏の朝の夢》で終わらせたかったのではないだろうか。
(一部敬称略)

当日(10月14日収録)のライヴ映像配信(冒頭1分は無料視聴可能。1,000円で3か月間、全編視聴可能)。

カーチュン・ウォン指揮/東京佼成ウインドオーケストラ YOUTUBE無料配信
ムソルグスキー《展覧会の絵》(高橋徹編曲)全曲ライヴ映像(2018年11月23日収録)

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