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2023.10.24 (Tue)

第427回 【演劇】なぜ国立劇場を建て替えるのか

校倉造り
▲正倉院の校倉造を模した、国立劇場の独特な外観(筆者撮影)

国立劇場が今月いっぱいで閉場する。

あたしは、文楽(小劇場)が多かったが、それでも歌舞伎(大劇場)、女流義太夫(演芸場)、さらには小さいながらも充実していた伝統芸能情報館(記録映像の上映室は、実に面白かった!)などに40数年通ったことになる。取材や見学で、研修所や事務所などの“舞台裏”にも、何度かおじゃました。

正倉院の校倉造〔あぜくらづくり〕を模した、あの独特な建物に近づくと、少しばかり凛とした心持になったものだ。

音羽屋公演では、いつもロビー隅に富司純子さんが見事な着物姿でおられて、映画マニアのあたしなど思わず「お竜さん!」と“大向こう”したくなった。

閉場にあたっての「思い出エッセイ」に応募したら採用され、大劇場ロビーに掲出されたのも、いい思い出だ。初代玉男、文雀、蓑助、住太夫……名人たちの舞台も脳裏に浮かぶ。

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閉場の理由は、老朽化だそうである。1966年11月開場なので、満57年になる。このような立派な建築物が「50年超」で「老朽化」するものなのか、あたしはよくわからない(建て替え構想の発表は2014年で、この時点では「築47年」だった)。

だが、ちょっと気になることがある。国立劇場より古いのに、そのまま(もちろん一部修復などで)使用されている公共建築物は、いくらでもある。たとえば、東京国立博物館本館(1938年開館/重要文化財)と表慶館(1909年開館/重要文化財)、国立西洋美術館(1959年開館/世界文化遺産)、東京文化会館(1961年開館)……京都と奈良の国立博物館も明治時代の建築物のはずだ。

文化庁では、築50年以上を経た建築物を「登録有形文化財」として保護する事業を進めている。登録されれば、相続税や固定資産税なども軽減される。要するに「50年以上経った建築物はなるべく残し、地域の文化資産として生かせ」というわけだ。あたしの身近では、神楽坂の「矢来能楽堂」や、日本最古のビヤホール「銀座ライオンビル」などが「登録有形文化財」である。

国立劇場は巨大演劇施設なのだから、それら文化財と同列に論じられないことは、わかる。しかし、こんなに多くの、50年超の建築物ががんばっているのに、ほんとうに国立劇場は、たった「57年」で建て替えなければならないほどボロボロなのだろうか。

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あたしは素人なりに、建て替えには2つの、別の理由があるような気がしている。一つは、国立劇場の「使命」の終焉である(ほかに育成・研修所の使命があるが、もちろんこれは今後も続けるべき事業であり、いまは詳述しない)。

国立劇場は開場にあたって「通し上演」「復活狂言」をモットーに掲げた(10月最終公演のプログラムに、作家で国立劇場評議員もつとめた竹田真砂子さんが、詳細な回想随筆を寄稿している)。

歌舞伎は、松竹の興行となってから、名場面だけをダイジェスト上演する「見取り」が中心となった。だが本来、歌舞伎は(特に院本物となれば)長時間演劇である。そこで国立劇場は、オリジナルに返って、可能な限り全編を上演する「通し上演」で松竹に“対抗”した。いわば江戸時代の歌舞伎に近い姿を伝えてきたのである。たとえば今回の歌舞伎のさよなら公演は『妹背山女庭訓』全五段の通し上演だったし、文楽は『菅原伝授手習鑑』の通しだった。

だが、「通し上演」で復活・復元するべき、それでいて現代に通じる狂言は、ほぼ出尽くしたのではないだろうか。毎年正月は、菊五郎劇団による楽しい復活狂言で、「こんな芝居があったのか」と驚かされてきた。だが、これとて現代向けに大幅改訂された、ほぼ新作といっていい内容である。

しかし「通し上演の復活は終わった」としても、そもそも名作であれば、何度おなじ演目を繰り返したっていいはずだ。あるいは、新しい興行形式を探ってもいいのではないか。菊五郎劇団をさらに進めて、いっそ新作中心にしてもいいし、もっと安い値段と短時間で、松竹よりも徹底した見取り興行にしたっていいと思うのである。

そして建物が「老朽化」したというのであれば、ほかの歴史的建造物とおなじように、修復しながら使えばいいのである。東日本大震災後、多くの建物が耐震構造の不備を指摘され、大規模修繕や閉鎖に至った。だが国立劇場は、そのまま開いているのだから、その点は大丈夫なはずだ。

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国立劇場を運営する日本芸術文化振興会が発表している資料に、《国立劇場本館の建築史的評価》がある。東京工業大学の藤岡洋保・名誉教授がまとめたものだが、こんなに面白くて感動的な学術レポートは、まずない。PDFでネット公開されているので、ぜひお読みいただきたい。この建物が、いかに「建築史」的に重要であったかが、わかりやすく綴られている。【リンクは文末に】

特に、設計中心者・岩本博行氏(竹中工務店大阪本店設計部)が、奈良の正倉院に何度も通い、校倉造を研究したとの記述には心を打たれる。さらに外壁にサンドブラスト(吹付け)をかけて黒褐色にし、古木の味わいを出したのは、いま見ても「なるほど!」と相槌を打ちたくなるアイディアだ。

国立劇場全景
▲全体に黒褐色のサンドブラストが(筆者撮影)

岩本氏の談話「(現代建築に対し)古典の様式のほうが勝つと思うのです。校倉という様式にはモダンがあると思うのです。だからそのまま現代建築に再現していってもモダンが表現できると思いました」も採録されている。

これを読んでいると、「そんなに重要で素晴らしい建物なら、なぜ残そうとしないのか」といいたくなること必定である。

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だがそれでも、国立劇場はなんとしても建て替えなければならないらしい。しかも二代目国立劇場は、ホテルやレストランと一緒になるという。実は、これこそが第二の、そして最大の建て替え理由だとしか思えないのだ。

振興会が発表した《国立劇場再整備基本計画》や報道などによると、建て替え後は最高74mのビルになる。現在、日比谷シャンテが72m、朝日新聞東京本社が71mなので、おおむねあんな感じのビルが、皇居をのぞむ半蔵門の斜め前、最高裁判所の真横に建つのである。そのなかはレストラン、カフェ、ショッピング・モールとなり、PFI(民間資金活用事業)の導入でホテルも併設、低層階に二代目国立劇場が入る。正面入り口前は「賑わいスペース」と称する広場になる。【基本計画リンクは文末に】

これが外国人観光客目当てであることは、いうまでもない。宿泊・食事・買い物・カブキをワンセットで、国が売り出すのだ。《基本計画》のなかでも「文化観光拠点としての機能強化」「インバウンド層の観光需要を取り込み」とはっきり記されている。つまり建て替えの理由は、「使命の終焉」「老朽化」もさることながら、実は、新たな観光拠点を都心の一等地につくることにあったのである。

あたしは不勉強で知らないのだが「ナショナル・シアター」がホテルやレストランなどの“雑居ビル”の一部に入っている国が、世界のどこかにあるのだろうか。

もっとも、再開発業者の選定は、いままで二度の落札でも成立していない。再開場は「遅くとも2029年度を目指す」とされているが、これも遅れるであろう。

余談だが、これらを推進しているのは、近年、芸術祭賞・映画賞、メディア芸術祭などを続々と廃止して京都に移転していった文化庁である。現在の長官は、ピンク・レディーで一世を風靡した作曲家の都倉俊一だ。

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先のレポートの最終部分に、こんな文章がある。

《岩本は景観に配慮する建築家で、国立劇場では、モノトーンで統一していることや、高さを抑えているあたりにそれが見てとれる。人目を惹くものではなく、景観に参加する建築というのが、彼が目指した建物のあり方だった。》

岩本博行氏は、竹中工務店常務をつとめ、1991年に77歳で逝去している。国立劇場が74mの“雑居ビル”になった姿を見ずに逝ったわけだ。それを知ってホッとするのは、あたしだけだろうか。
(一部敬称略)

地下道
▲永田町駅から行くと必ず通る「地下道」(筆者撮影)

◇《国立劇場本館の建築史的評価》は、こちら
◇《国立劇場再整備基本計画》は、こちら
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