2016.04.12 (Tue)
第162回 『大沢悠里のゆうゆうワイド』終了

▲番組終了を報じた、1月18日付の毎日新聞夕刊。
わたしは、以前、NHK-FMで『今日は一日、吹奏楽三昧』なる、12時間生放送の特別番組の一部に出演したことがある。
進行役は、音楽通のフリー・アナウンサー、朝岡聡さんだった。
朝岡さんは、水筒やサンドイッチ、飴などを持ち込み、昼12時から深夜零時まで、一歩もスタジオから出ないで、見事にこなされていた。
その時「たいへんですねえ、疲れませんか」とうかがったら、「まあ、今日1日だけですから、何とか大丈夫ですよ。これが毎日だったら、とても無理ですけど」と笑っておられた。
そして私が「毎日、4時間半もやっている大沢悠里さんなんか、たいへんでしょうねえ」と言ったら「大沢さんはすごいです。我々の世界の星ですよ」みたいな意味のことを言っておられた。
TBSラジオ『大沢悠里のゆうゆうワイド』が4月8日(金)で終了した。
30年続いた番組で、ご本人は今年74歳。
(ただし、毎週土曜日15:00~16:50『大沢悠里のゆうゆうワイド 土曜日版』として、小規模に再スタートした)
この番組は、それ以前に大人気だった『こんちワ近石真介です』のあとを受けて(1年間の別番組をはさんで)、1986年4月から始まった。
以前からの人気コーナー「お色気大賞」「東食ミュージックプレゼント」(現「毒蝮三太夫のミュージックプレゼント」を包括していた。
大沢さんは、終了を発表した際、「毎日、4時間半の生放送は疲れる。家族のためにも、元気なうちに降板しようと考えた」とコメントしていた。
わたしは、長年のリスナーとして、その真意が、なんとなくわかるような気がする。
いくらなんでも、70歳半ばにもなって、週5日、毎朝4時間半、生放送で喋り続けることなど、できるわけがない。
途中でトイレにも行かねばならないし、一息入れたくもなるだろう。
その点をカバーするのが、番組内番組、いわゆる「コーナー番組」だったと思う。
「ズバリ快答! テレフォン身の上相談」(美輪明宏の「70歳? まあ、お若いのね」が忘れられない)
「秋山ちえ子の談話室」(毎年、終戦記念日に「かわいそうなぞう」を朗読した)
「永六輔の誰かとどこかで」
「味の素 ハート・オブ・ポップス」(森山良子)
「浜美枝のいい人みつけた」
「小沢昭一の小沢昭一的こころ」(以前は夕方放送だった)
……等々、個性的なコーナー番組がたくさんあり、大沢さんは、それらをうまくつなぎながら、4時間半をこなしていた。
おそらく、これらの放送中に、一息入れたり、トイレに行ったり、次のトークの準備をしていたのだと思う。
しかし、ある時期から、これらコーナー番組は、どんどんなくなっていった。
理由は様々で、スポンサーの撤退もあれば、パーソナリティの健康問題や逝去など、様々だった。
ところが、そのあと、代替の新コーナー番組は、皆無だった。
その分は、すべて大沢さんがカバーしなければならなくなった。
これでは、一息入れるどころではなかったはずだ。
大沢さんは、4時間半、ほとんど、出ずっぱりになってしまったのだ。
これでは「疲れる」のも無理はない。
終了を発表した直後の大沢さんの口調には「毎日4時間半、何から何まで一人でやるなんて、もう勘弁してよ」とでもいうようなニュアンスが、かすかに滲んでいたような気がした。
なぜ、代替番組が成立しなかったのか、わたしは知らない。
この不景気で、営業力の高さで有名なTBSラジオでも、さすがに新スポンサーを獲得できなかったのか。
あるいは、長寿人気コーナーを引き継げるほどの人材がいなかったのか。
4月9日(月)から、この時間帯は、いくつかの新番組に分割された。
(月)~(木)8時半~11時『伊集院光とらじおと』。
(月)~(金)11時~13時『ジェーン・スー 生活は踊る』。
(金)8時半~11時『有馬隼人とらじおと山瀬まみと』。
これだけのことを、大沢さんは(アシスタントとともに)、30年間、1人でこなしていたのである。
局が、いかに大沢さんにおんぶにだっこだったかが、わかるだろう。
ちなみに、45年続く名物コーナー番組「毒蝮三太夫のミュージックプレゼント」は継続し(その毒蝮氏も、もう80歳だ!)、約1時間ずれて、上記『ジェーン・スー 生活は踊る』内に包括され、11時20分頃からの放送となった。
テーマ音楽は、おなじみ、エドムンド・ロスのラテン・ナンバー《ホイップド・クリーム》のままである。
ただし放送は(月)~(木)のみとなり、(金)は、「高橋芳朗のミュージックプレゼント」となった。
後継番組を受け持つ伊集院光氏は、(月)深夜25時『JUNK/伊集院光 深夜の馬鹿力』で絶大な人気をほこるラジオ・パーソナリティだが、いうまでもなく、その個性は、大沢さんとはまったくちがう。
わたしは、大沢さんは「学校の先生」だったと思っている。
教室で、教壇に立ち、生徒の方を向いて、全員が理解できるように、幅広い話題を、ゆっくりと、キチンと説明してくれた。
マイクの向こうに「教室」があり、何万人もの「生徒」がいることを、大沢さんは意識していたと思う。
これに対し伊集院氏は「居酒屋の人気者」である。
居酒屋の隅で、親しい1人か2人の友人に向かって「今日、こんなことがあってさあ」と、大声でしゃべっている。
その内容が個人的なことなのに、あまりに話しぶりが面白いので、店中の客が、そっちを向いて聴き入ってしまう。
彼のラジオ・トークには、そんな雰囲気がある。
このちがいは、あまりに大きい。
いままでクラス担任が主役だったのが、ガキ大将が主役になるようなものである。
《第九》で人類の団結を歌ったベートーヴェンにかわって、保険会社に務めながらアマチュア作曲家を通したチャールズ・アイヴズが登場し、「興味があったらでいいから、俺の音楽も聴いてみてよ」と言っているような感じだ。
新番組になって、まだ最初の2日を聴いただけだが、わたし個人は、もしかしたら、TBSラジオを離れる日が来るのでは……と予想している(その理由や、新番組に関する意見は様々あるのだが、もう少し聴きこんでから綴りたい)。
とにかく、30年聴いてきた『~ゆうゆうワイド』テーマ曲、ポール・モーリア《はてしなき願い》が流れない朝は、あまりに寂しい。
◆このコンサートのプログラム解説を書きました。4月29日です。ぜひ、ご来場ください。
◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「BandPower」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。
◆毎週(土)23時FMカオン、毎週(月)23時調布FMにて、「BPラジオ/吹奏楽の世界へようこそ」案内係をやってます。4月は「震災と吹奏楽」「追悼、キース・エマーソン」です。
◆ミステリを中心とする面白本書評なら、西野智紀さんのブログを。