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2023.11.16 (Thu)

第432回【新刊紹介】芥川龍之介、自殺の原因? 菊池寛との共訳”わけあり本”『アリス物語』(前編)

アリス物語書影
▲グラフィック社が復刻した『完全版 アリス物語』

本ブログ第426回で紹介した文学座公演『逃げろ! 芥川』が、地方公演も含めて盛況好評のうちに終わったようだ。芥川龍之介と、親友・菊池寛の長崎への旅をモチーフにしたユニークな芝居だった。

実は、そのときに話題にしたかったのだが、あまりにも長くなりそうだったのでカットした本がある。芥川龍之介・菊池寛共訳『完全版 アリス物語』(ルイス・キャロル著、澤西祐典訳補・注解/グラフィック社)である。今年の2月に刊行され、その後、増刷がつづいているヒット本だ。

これは、むかしから芥川龍之介の自殺の原因ではないかとも囁かれている、ある意味、“わけあり本”なのである。

   *****

あたしは浅学もかえりみず、大学や市民講座などで、出版や作文についての授業をもっている。そのなかで、昭和初期に発生した、ある出版スキャンダルの解説をすることがある。それは——。

1926(大正15)年、改造社が〈現代日本文学全集〉(全63巻)の刊行を開始した。400頁前後の本が1巻1円とあって、30万部近い大ヒットとなった(物価指数で換算すると、当時の1円=現在の650円くらいの感覚)。いわゆる「円本ブーム」の到来である。

これを見た出版各社が、次々と「1巻1円」の全集を刊行した。最初に便乗したのが新潮社で、〈世界文学全集〉は60万部近くに達した(全38巻で開始したものの、あまりに売れるので全57巻までつづけた)。さらに平凡社の〈現代大衆文学全集〉(全60巻)も大ヒット。書店は「円本」であふれかえった。一説には、大小あわせて約300種もの「円本全集」が出たといわれている(なぜ、そんな低価格本で商売になったのかは大河噺になるので、またいつか)。

そのなかで異彩を放つのが、1927(昭和2)年5月刊行開始、アルス社の〈日本児童文庫〉(全76巻)である。これは子供向け円本だが、価格は半額の「1巻50銭」に設定されていた。

アルス社とは、現在、写真・イラスト関係書出版で知られる「玄光社」の系列ルーツともいえる版元だ。創設者が北原白秋の弟・北原鐵雄なので、実質、“北原白秋の版元”のイメージがあった。もちろん、白秋本も出している。前身は「阿蘭陀書房」。芥川龍之介の最初の短編集『羅生門』を出版してくれた版元である。よって芥川は、北原白秋やアルス社に足を向けて寝られない。白秋は憧れの作家でもあった。そこから、〈日本児童文庫〉の第13巻『支那童話集』を担当してくれといわれ、当然、引き受けた。

ところが、同じ時期に、菊池寛が、自社(文藝春秋)と興文社との共同で〈小學生全集〉を刊行すると発表した。菊池は、こう書いている。

《新聞の広告でも御承知のことと、思ふが、今度自分は芥川の援助をも乞うて、「小學生全集」なるものを編輯することになつた。(略)定価は三十五銭である。菊判三百頁で、三十五銭であるから、廉い廉いと云はれる如何なる全集も、到底比べものにはならないだらう。》(「文藝春秋」1927年5月号~「小學生全集」について)

小学生全集
▲菊池寛の企画による〈小學生全集〉(ヤフオクの出品写真)

アルス社の50銭よりもさらに安い。巻数は全88巻! しかもアルス社と同時に刊行を開始し、新聞広告もアルス社とおなじ頁に出稿する挑戦的出版だった。

親友の企画だけに、芥川は、これにも協力せざるをえない。現に編者として、はっきり「菊池寛・芥川龍之介編」と明記されてしまっている。仕方なく、第28巻『アリス物語と、第34巻『ピーターパンを引き受けた。

アルス社=北原ブラザーズは怒り狂った。企画の剽窃であると、非難の声明文を出す。だが菊池はいっこうに動じない。中傷の新聞広告合戦となり、事態は泥試合の様相を呈する。ついにアルス社は菊池側を「信用棄損業務妨害」で告訴した。児童出版が、たいへん醜い一大スキャンダルと化したのだ。

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両社とも引かないまま、刊行は1927(昭和2)年5月にはじまった。芥川は、この板挟みになった。恩人をとるか親友をとるか。アルス社側の非難は芥川自身にも向けられていた。

そして芥川は約2ヶ月後の7月24日に服毒自殺する。遺書には、有名な「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」と書かれているだけで、正確な原因は不明だ。だが、この一件が引き金のひとつになったのでは……との噂は絶えなかった。

芥川は、アルス社の『支那童話集』には、まだ手をつけていなかった。これは佐藤春夫著となって、1929(昭和4)年1月に出た。

だが、文藝春秋・興文社の『アリス物語』『ピーターパン』については、芥川はかなりの部分を書き(訳し)あげていたようだ。その遺稿をもとに菊池寛が補筆し、「芥川龍之介・菊池寛共訳」として、第28巻『アリス物語』は芥川の死後4か月後の1927(昭和2)年11月に、第34巻『ピーターパン』は1929(昭和4) 年11月に出た。

菊池は、『アリス物語』の注意書きで、こう書いている。

《この「アリス物語」と「ピーターパン」とは、芥川龍之介氏の担任のもので、生前多少手をつけてゐてくれたものを、僕が後を引き受けて、完成したものです。故人の記念のため、これと「ピーターパン」とは共訳と云ふことにして置きました。》

芥川アリス書影
▲芥川の死後4か月後に出た『アリス物語』(ヤフオク出品写真)

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今回ご紹介するグラフィック社の『完全版 アリス物語』は、その第28巻の復刻である。「完全版」とあるのは、この共訳には、原文から削除された部分や、明らかな誤植、誤訳があるそうで、作家で研究者の澤西祐典氏が補綴修正し、詳細な注釈をほどこしたことを指している。

刊行当時、この2点はよほど売れたと見えて、いまでも古書市場でラクに見つかる。状態さえ気にしなければ、せいぜい数千円である。よって、さほど珍しいものではない。だが、どこが通常の「アリス」とちがうのか、どこに芥川ならではの個性があるのかは、かねてより議論百出で、定まっていないようだ。

というのも菊池が《(芥川が)生前多少手をつけてゐた》と書いた、その《多少》が、どの程度のものなのか、いまだによくわかっていないからだ。ある部分までを芥川が訳し、残りを菊池が訳したのか。芥川が大雑把に全体を訳したものを菊池がブラッシュアップしたのか。下訳があって、そこに芥川が手を入れかけたのを、菊池が仕上げたのか。

ここから先は、多くの研究書があるので(たとえば紀田順一郎『内容見本にみる出版昭和史』本の雑誌社、楠本君恵『翻訳の国のアリス』未知谷など)、それらに頼るが、実はこの「共訳」には、明確な“ネタ本”があった。演劇評論家で、児童文学者の楠山正雄が訳して1920(大正9)年に刊行されていた『不思議の國 第一部アリスの夢、第二部鏡のうら』(家庭読物刊行会/〈世界少年文学名作集〉所収)である(ちなみにこの楠山正雄は成島柳北の縁戚。ということは森繁久彌の遠縁にあたる)。

芥川・菊池共訳は、この楠山訳からそのまま持ってきた部分が多いという。楠山の誤訳までもおなじように誤訳しているそうだから、言い訳はできない。いまだったら無断引用・盗作の指摘を受けて、絶版回収だろう。

ところが、それでは楠山訳の全面パクリかというと、そうともいいきれないところが、事態をややこしくしている。いかにも“文豪”ならではの訳文箇所もあるのだ。明らかに、英語原文を読み込んで理解していなければ生まれないような訳語もある。

しかし程度の多寡はあれど、とにかく、芥川龍之介と菊池寛の筆が入った『不思議の国のアリス』が「完全版」となって、この令和の世によみがえったわけだ。

あたしは一読して、いままで読んだアリスのなかで、もっともしっくりとした読後感をおぼえた。そして、なんともいえない幸福感をおぼえた。いったい、どこがよかったのか——以下は後編で。
(後編につづく)

◇グラフィック社『完全版アリス物語』HPは、こちら(一部立ち読みあり)。

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