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2024.01.22 (Mon)

第444回 【演劇/ジャズ/吹奏楽】《三文オペラ》~《マック・ザ・ナイフ》あれこれ

三文オペラ文学座
▲文学座附属演劇研究所の卒業発表会《三文オペラ》

文学座附属演劇研究所・61期卒業発表会で、《三文オペラ》を観た(西本由香演出、1月21日Bチーム、文学座アトリエにて)。

あたしは文学座や、俳優座、新国立劇場などの研究所(研修所)発表会に、時々行く。演目はソーントン・ワイルダー『わが町』、シェイクスピア、チェーホフなどが定番だが、時折、珍しい名作が上演されるからだ。たとえば近年だけでも、文学座研究所は『野田版・真夏の夜の夢』や、清水邦夫『雨の夏、三十人のジュリエットが還ってきた』などを、俳優座研究所は横山拓也作品をつづけて上演した。

もちろん出演者はプロ以前の若い研究生たちだが、演出などのスタッフはベテランのプロで、さすがに凡百の演劇サークルとはレベルがちがう。本格的な衣装や舞台美術、そして若者たちの熱演は、とても気持ちがよい。しかも、安い! どこも1000~2000円である(新国立劇場研修所は別格で、たとえば2月の終了公演はA席3850円!)。

《三文オペラ》はいうまでもなく「音楽劇」である。上演方法によっておもむきは変わるが、オペラでもありミュージカルでもあり、ストレート・プレイでもある。ジャズやダンス・ミュージックの感覚も必要で、本格的な歌唱力も要求される。これが舞台芸術学院の発表会ならわかるが、文学座の研究生が本作を上演できるとは、寡聞にして想像できなかった。かなりの不安を抱えてアトリエに向かった。

案の定、正直なところ、歌唱は、なんともいいようのないレベルであった。だが、「ブレヒト芝居」としてはちゃんとした形になっており、さすがは文学座と感心した。

西本由香氏の演出は、キチンと歌芝居の呼吸を心得ている。このひとの演出では、10年ほど前、シェイクスピア生誕450年記念、文学座連続公演のひとつ、『タイタス・アンドロニカス』を観て、仰天した覚えがある。だって、「リーディング」(朗読)だというので、そのつもりで行ったら、まったくの通常上演だったのである。全員、セリフはすべて入っており(よって台本は持たず)、メイクして衣裳と小道具も万全で、役者は舞台上を飛び回っている。特に、高橋克明・奥山美代子両氏の“怪演”は、いまでも忘れられない。どう観ても「リーディング」とはいえず、いままで観た『タイタス~』の最高傑作だと思っている。そうさせたのが(おそらく)演出の西本由香氏なのだと思う。

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ところで《三文オペラ》である。終演後、近くの席で「聴いたことのある曲があった」といっているひとがいた。冒頭に歌われ、(そしてカーテン・コールでも演奏された)《メック・メッサ―のモリタート》である(モリタート=手回しオルガンでうたう大道歌)。後年、ジャズ・ナンバーとなり、《マック・ザ・ナイフ》の題でスタンダード名曲となった。日本では《匕首〔あいくち〕マック》の邦題もある。おそらくメロディを聴いて、知らないひとは、いないであろう。美空ひばりも歌っていた。紅白歌合戦にも3回、登場している(旗照夫、雪村いづみ、ジャニーズ)。

音楽劇《三文オペラ》は1928年8月に、ベルリンで初演された。作者ベルトルト・ブレヒト(1898~1956)、作曲者クルト・ヴァイル(1900~1950)にとっては、大急ぎで仕上げたやっつけ仕事だったが、大ヒットとなる。そもそもがオリジナルではなく、18世紀イングランドの詩人、ジョン・ゲイが構成案をつくった歌芝居《乞食オペラ》の翻案である。

内容は、ロンドン貧民街のギャングのボス、メッキ(マック)・メッサーが、乞食王の娘と結婚したために起きるドタバタ騒動である。ラストで、お笑いのような前衛のような左翼革命宣言のような、奇想天外な終幕を迎えることでも知られている。

アメリカでは1933年に英語版で上演されたが、これは当たらなかった。1954年になり、ミュージカル作曲・作詞家のマーク・ブリッツスタインが改作し、オフ・ブロードウェイで再演。これが大ヒットとなった。このときブリッツスタインは、《モリタート》の歌詞を変えた。マックとかかわりのある女たちの名前をズラリとならべ、「みんなそろってマックのお帰りをお出迎えだ」と結んだ。これを機にこの曲は《マック・ザ・ナイフ》となった。

翌1955年、さっそくこの曲を録音したのが、サッチモこと、ルイ・アームストロングだった。ところが、サッチモの歌は、ブリッツスタインの詞をさらに変えていた。ラストの女たちの名前のなかに、劇中に登場しない人物名が混じっていたのだ。

♪スーキー・トードリー、ジェニー・ダイヴァー、ロッテ・レーニャ、ルーシー・ブラウン——みんなそろってマックのお帰りをお出迎えだ。

このうちの「ロッテ・レーニャ」なんて人物は、《三文オペラ》には登場しない(当初は、ここにマックの花嫁「ポリー・ピーチャム」の名前が入っていた)。では、この「ロッテ・レーニャ」とはなにものか。

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▲ロッテ・レーニャとクルト・ヴァイル夫妻 【写真:Wikimedia Commons】

ロッテ・レーニャ(1898~1981)とは、《三文オペラ》作曲者クルト・ヴァイルの妻であり、初演、および最初の映画化(1931年)でジェニー・ダイヴァーを演じた女優・歌手である。上述、オフ・ブロードウェイ版でも同役を演じ、トニー賞を受賞している(オフ作品で初のトニー賞受賞)。

実は、サッチモがこの曲をレコーディングするとき、彼女がスタジオに来ていた。そこでサッチモが、(思わず?)サービスで名前を読み込んだといわれている。この曲は、のちにボビー・ダーリンがカバーして大ヒットするのだが、サッチモの詞で録音したため、以後、誰が歌っても歌詞に「ロッテ・レーニャ」が入るようになった。

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▲サッチモの録音を見学に来た、ロッテ・レーニャ 【写真:Wikimedia Commons】

ロッテが見学にいったときのものと思われる写真がある(上掲)。また、このとき2人一緒にうたった録音も残っている。このころクルト・ヴァイルはすでに逝去しており、ロッテは別人と再婚していた。だが、のちにヴァイル財団を設立するなど、生涯をヴァイル作品の普及につとめた。

そんなロッテ・レーニャだが、おそらく、いま本稿をお読みの方で、彼女を知らない方は、ほとんどいないと思う。あの007映画に出演していたのだから。

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▲『007 ロシアより愛をこめて』~左から2人目、短髪のソ連軍人が、ロッテ・レーニャ

それは、映画『007 ロシアより愛をこめて』(1963)の、ローザ・クレップ大佐役——といえば、映画に詳しくない方でも、「ああ、そういえば」と思い出すのではないか。

ソ連の秘密諜報組織「スメルシュ」の女大佐、しかしてその実態は、国際犯罪組織「スペクター」の№3。冷酷非情な性格で、ジェームズ・ボンド抹殺に命をかける“老鬼女”。自らの計画がことごとく失敗に終わるや、ついにラストで、自らがホテルの清掃係に化けてボンドの室内に潜入。靴先に毒針を仕込み、ボンドに襲いかかる。

なにしろ、もしこの暗殺に失敗すれば、自分の命が危ない。もう若くはないのに、なりふりかまわず暴れまわる老女の形相に、さすがのボンドも青筋を立てざるを得ない。一瞬、ボンドは完全に追い詰められる。

007シリーズには、毎回、個性的な敵役が登場するが、おそらく最高齢で、これほど印象に残る相手はいない(このころ、ロッテ・レーニャは65歳)。その凄絶な演技は、世界中の観客を震撼させた。なんて恐ろしい婆さんだ。あのボンドを、ここまで追い詰め、焦らせるとは。あの女優、なにものだ。

ロッテは基本的に舞台女優だ。それまで映画には2本しか出ていない。だから、ほとんどの観客は、銀幕で初めて彼女を観たのだ。ちなみにその2本とは、上述、戦前の《三文オペラ》と、1961年の『ローマの哀愁』(ホセ・キンテーロ監督)だ。後者はテネシー・ウィリアムズの小説が原作で、ヴィヴィアン・リー主演。ロッテは伯爵夫人を演じ、アカデミー助演女優賞にノミネートされている。このときの役が、なかなかの悪女役であった。もしかしたら、この名演がきっかけで007に起用されたのかもしれない。

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エラ
▲名盤、エラ・フィッツジェラルドのベルリン・ライヴ

《マック・ザ・ナイフ》は、その後も多くの歌手にうたわれてきた。そのなかで、特に有名なのは、エラ・フィッツジェラルドの名唱だ。1960年2月13日、当時の西ベルリンで開催したコンサートである。このライヴ録音は『Mack The Knife-Ella In Berlin』と題され、ジャズ・ヴォーカル史上にのこる名盤として知られている。これをきっかけに、本曲は彼女の人気レパートリーとなった。

ところが彼女は、ここで“大失敗”を演じる。あまりに長い曲のせいか、途中で歌詞を忘れてしまうのだ。しかしそこは、さすがエラ、一瞬にして「ドゥビドゥビ」スキャットでごまかし(それでもすごい名唱)、本来の歌詞にもどってキチンと歌い終えるのである。

ちなみに、この3年後、スウェーデン・ストックホルムのTV出演で、同曲をうたった映像がYOUTUBEにアップされている。これまたすごい名唱なのだが、ここでエラは、ラストで歌詞を変えている。サッチモの真似(ドゥビドゥビ)をしながら、「ルイ・アームストロングもボビー・ダーリンも、この曲を歌って、メチャクチャにしたわよね。お次はこのエラよ」。
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話があれこれ飛んで恐縮だが、あたしが忘れられない《マック・ザ・ナイフ》は、岩城宏之さんの指揮した“吹奏楽版”である。岩城さんは生涯で2回、東京佼成ウインドオーケストラ定期演奏会に登壇している。その2回目、2004年12月、紀尾井ホールにおける第83回定期演奏会。この日は、プーランク、メシアン、武満徹、ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィチといった近現代作曲家の管楽アンサンブル曲の特集だったのだが、トリが、クルト・ヴァイル作曲《小さな三文音楽》組曲だった。

これは、《三文オペラ》の大ファンとなった、あの“御大”オットー・クレンペラーの指示で生み出された組曲である。苦虫をかみつぶしたような顔しか見せない、あのクレンペラー先生が夢中になったほど、この音楽劇は大人気だったのだ。

ヴァイルは劇中から8曲を抜粋し、管楽オーケストラ(吹奏楽)編成にアレンジした。クレンペラー自身の指揮で、1929年に初演されている。2曲目が《メッキ・メッサーのモリタート》、《マック・ザ・ナイフ》の原曲である。

この組曲を最後にもってきた岩城さんの指揮は、実に楽しそうだった。全曲終了後、鳴りやまぬ拍手に、気を良くした岩城さんは、2曲目のみをアンコールで再度演奏した。おそらく岩城さんのなかでは、この曲は、音楽劇の《モリタート》ではなく、ジャズ・ナンバーの《マック・ザ・ナイフ》、いや《匕首マック》だったのではないだろうか。岩城さんが没したのは、この2年後だった。


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