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2024.02.12 (Mon)

第446回 【美術展】「軽薄」で「不自然」な、「大吉原展」

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▲東京藝術大学美術館にて(公式HPより)

3月26日より、東京藝術大学美術館で「大吉原展 江戸アメイヂング」が開催される。主催は、東京藝術大学・東京新聞・TV朝日の3社だ。あたしは、これを楽しみにしていた。

ところが、先日、同展の公式HPを見たら、なにやら「声明」らしき文が載っていた。《「大吉原展」の開催につきまして》(2月8日付)と題されている。主旨部分を抜粋する。

《本展の開催について、さまざまなご意見をいただいていることから、展覧会の主催者よりご説明申し上げます。》

《本展は、今まで「日本文化」として位置づけられてこなかった「吉原」が生み出した文化を、美術作品を通じて再検証し、江戸文化の記憶として改めて紹介する趣旨で開催を決定いたしました。》


《しかしながら一方で、上述しましたように、本展がテーマとする、花魁を中心とした遊廓「吉原」は、前借金の返済にしばられ、自由意志でやめることのできない遊女たちが支えたものであり、これは人権侵害・女性虐待にほかならず、許されない制度です。/本展では、決して繰り返してはならない女性差別の負の歴史をふまえて展示してまいります。》

   *****

《さまざまなご意見をいただいている》とあるので検索してみると、すぐに見つかった。週刊誌「女性自身」の記事だ。YAHOO!ニュースに転載されていた。

ほかのニュース・サイトでも多く報じられているようだったが、「女性自身」記事の主旨部分を抜粋する。

《そもそも吉原は女性たちが性的に搾取されていたと指摘されている場所でもある》

《しかし、「大吉原展」の公式サイト上では、そのような点に触れている様子はない。》

《吉原が江戸文化の発祥地であることは確かであるものの、負の側面に一切触れず美しい面のみをフォーカスしている今回のWEBサイトの表現に対しては、“軽薄”だとして批判する声がSNS上で相次いだ。》


そして、当の《SNS上で相次いだ》投稿が、以下のように紹介されている。

《人身売買や性的搾取という厳然たる側面に一言も触れずに、アートや芸術を標榜する軽薄さが痛々しい》

《大吉原展のホームページ見たけど、暗い部分綺麗に排除されてて不自然さがすごかった》

《「大吉原展」と銘打つなら負の部分も同程度にきっちり紹介すべきでは?「美の集結」だの「エンタメ」だの、軽すぎる。言葉も思想も軽すぎる。何を示そうとしているのか、全く分からん。あかんよ、ほんまに》

「軽薄」「不自然」「軽すぎる」……「女性自身」編集部は、主催者にこの件を問い合わせた。

その結果、《2月8日20時、担当者から次の回答があった。》として、上記の文が返答され、その30分後に、そのまま公式HPに掲載されたのだという。

つまり、この「声明」文は、主催者が積極的に発信したものではなく、「SNS上の投稿」および、「女性自身」編集部からの問い合わせがあったので掲載に至ったようなのである。

   *****

歌舞伎で『助六』や『籠釣瓶』が上演される際、松竹から「私たちは、吉原で搾取されていた花魁たちの苦悩を忘れずに上演いたします」なんて声明が出たとは、聞いたことがない。

松たか子の初舞台は、1993年11月、歌舞伎座『人情噺文七元結』の「お久」役だった。当時16歳。高麗屋にこんな可愛いお嬢さんがいたのかと驚いた。だが、このとき「吉原に自ら身を売りに行く役を、未成年の娘にやらせるとは、あまりに軽薄だ」との意見があったとは、聞いていない。

樋口一葉『たけくらべ』を読んだ森鷗外は、「此人にまことの詩人といふ称をおくることを惜まざるなり」と絶賛した。だが「鷗外に、吉原に売られる美登里の気持ちがわかるのか。あまりに不自然な評だ」との文句が出たなんて話は、聞いたことがない。

太田記念美術館の展示には、吉原を題材にした作品が多い。昨年11月、葛飾応為(北斎の娘)の肉筆画『吉原格子先之図』が久々に公開され、大盛況となった。入口からひとがあふれていた。あの中に「こんな絵を平然と公開するなど、軽すぎる」と抗議するひとがいたとも、思えない。

   *****

——なのに、なぜ今回の「大吉原展」では、こういうことになったのか。浅学なあたしには、よく理解できないのだが、しかしまあ、なんとも世知辛い世の中になったものだと思う。

いま、むかしの小説、漫画などには、ほぼすべて、巻末に断り書きが載っている。

《本作品中には、今日の観点からみると差別的表現ととられかねない箇所が散見しますが、著者自身に差別的意図はなく、作品自体のもつ文学性ならびに芸術性、また著者がすでに故人であるという事情に鑑み、原文どおりとしました。》(新潮文庫)

手塚治虫作品に至っては、手塚プロダクションと出版社の連名で、巻末1頁まるごとを、かなり長文の断り書きで埋めている。

漱石が『草枕』冒頭で、《智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。》と綴った、まさにあの気分である。

来年のNHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』は、蔦屋重三郎の生涯を描くのだという。大河史上初めて、「編集/出版人」が主人公になるわけで興味は尽きないのだが、彼の隆盛のきっかけは、吉原大門前でひらいた書肆だった。ここで販売した『吉原細見』が大ベストセラーとなったのである。これは、吉原遊郭のすべての店名と位置、料金ランク、所属遊女のリストを掲載した「ガイドブック」であった。以前からあった出版物だったが、蔦屋が株(出版権)を入手し、それまで地図スタイルだったのを、冊子風に改良して大ヒットした。そのほか『一目千本』『青楼美人合姿鏡』など、彼の初期ベストセラーは、ほとんどが吉原がらみだった。

つまり蔦屋の生涯を描くのであれば、かなりの部分で吉原が舞台となるはずなのである。当然NHKは声明を出すでしょうし、今回SNSに投稿した方々は、さらに厳しい声をあげるのでしょう。「女性自身」の追及にも期待しております。

なにしろ漱石も、『草枕』で、上述につづけて《住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。》と綴っているようなので。


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