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2016.05.24 (Tue)

第166回 文楽『絵本太功記』

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 5月の国立劇場、文楽公演『絵本太功記』を観て、いまの時代に長編狂言を抜粋上演することの難しさを感じた。

 本作は「太閤記」の書き換えだが、尾田春長(織田信長)を討った武智(明智)光秀を、単純な反乱者でなく、悩める武将として描いたところに魅力がある。
 特に今回の抜粋箇所は「本能寺」「妙心寺」「太十」(夕顔棚、尼ケ崎)なので、おそらく「武智光秀物語」として再構成したのだろうと察する。
 なのに、「妙心寺」で初めて光秀が登場するのは、構成としてどうなのだろうか。

 この狂言では、「本能寺」に光秀は登場しない。
 「本能寺」は、「脇筋」である。
 なのに、なぜ「本能寺」を入れたのか。
 日本人にとって明智光秀といえば本能寺の変だから。
 そしてもう一つ、おそらく、「本能寺」を入れないと、人形遣いのローテーションがうまくいかないから。
 だが、そのために、極めて不親切な構成になってしまった。
 光秀の額の刀傷の由来や、「本能寺」以前、春長と何があったのか、何の説明もない。
 これでは、母皐月が光秀を罵倒する場面で、見物は、光秀に思い入れを持てない。

 光秀は、単に天下を取りたくて主君春長を討ったのではない。
 暴君を放置しておいては、一般庶民が苦しむとの思いに、いじめ抜かれた私憤が重なって、やむにやまれず、本能寺を攻めたのだ。
 中学高校でいじめられ、社会に出ればブラック企業でいじめられ、無理解な上司にいじめられ……そんな現代人の苦悩と重ね合わせてこそ、本作を現代に上演する意味もあるのではないか。
 しかし、その肝心のいじめシーン=前段がないのだ。

 主催者は、「太十を観に来る以上、前段は知っていて当然」と思っているのだろうか。
 あるいは、そんな基礎知識は、事前にプログラムを精読するか、イヤフォンガイドを使えというのだろうか。
 
 これが文楽マニアのためだけの公演だったら、別にかまわない。
 お仲間だけで好きなことをやっていれば、それでいい。
 だが、近年の橋下徹・前大阪市長の言動などを見るにつけ、そんなことは言っていられない状況であることは、誰もが感じているはずだ。
 あるいは、空席が目立つ大阪公演に比べて、東京公演は満席だから、そんなことに気を使う必要はないというのであれば、これは驕り以外のなにものでもない。

 結局、この問題をプログラムやイヤフォンガイドに頼らず解決する方法は、2つしかない。

 まず、発端につづく段をカットせずに上演することだが、それをやったら、3時間半ではおさまらない。
 だったら、「ダイジェスト段」を作ってしまってはどうか。
 光秀と春長の遺恨の場だけを凝縮してワンシーンでやってしまい、そこから「妙心寺」につなげるのだ。

 おそらく「それは改ざんではないか」と眉をしかめる方が多いだろう。
 だが、そんなことはいつの時代も平気で行なわれてきたはずだ。
 典型的なのは、先代猿之助がやってきた「3S歌舞伎」である(ストーリー、スピード、スペクタクル)。
 彼の歌舞伎は、ほぼすべて、全編がダイジェストと改変でできており、原型をとどめていない。
 音羽屋が毎年正月に国立劇場でやる復活狂言も同じ姿勢でつくられている。
 だが、そんなことに文句を言う見物はいない(評論家には、いるが)。
 みんな大喜びで、特に猿之助歌舞伎など、いつだって満員御礼だった。
 いま、甥の三代猿之助が『ワンピース』をスーパー歌舞伎でやれるのは、先代が「3S歌舞伎」を定着させてくれた、その下地があるからなのだ。

 文楽だって、近年だけでも、シェイクスピア『テンペスト』『ファルスタッフ』や、三島由紀夫が書いた歌舞伎『鰯売恋曳網』を文楽にしてきた。
 昨年は、時代小説家・竹田真砂子作の子供向き文楽『ふしぎな豆の木』が初演された(これは『ジャックと豆の木』の翻案)。
 国立劇場の公演ではないが、キリストの生涯を描く「ゴスペル文楽」なんてのもあった。
 わたしなど、『スター・ウォーズ』を文楽でやってくれないかと、心底から願っている(特に『帝国の逆襲』など、そのまま文楽になるはずだ。ルークがベイダーを父と知る場面は、義太夫そのものではないか)。
 文楽には、こういう自由な精神があるはずで、本公演の古典名作だけががんじがらめで昔のまま上演される理由はないと思う。

 わたしは橋下徹なる人物は好きになれないのだが、彼が文楽への補助を打ち切ると言い出したのは、単に「集客努力をしていない」からではなく、前段なしで突然「妙心寺」~「太十」をやって平気でいるような上演姿勢から、敏感に何かを感じとったのではないかと思っている。
<敬称略>

このコンサートのプログラム解説を書きました。5月28日です。ぜひ、ご来場ください。

◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「BandPower」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。

毎週(土)23時FMカオン、毎週(月)23時調布FMにて、「BPラジオ/吹奏楽の世界へようこそ」案内係をやってます。5月は「さようなら、真島俊夫さん」「来日決定! ブラック・ダイク・バンドの魅力」です。詳細は、バンドパワーHPで。

◆ミステリを中心とする面白本書評なら、西野智紀さんのブログを。




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