FC2ブログ
2018年11月 / 10月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫12月

2016.05.30 (Mon)

第167回 映画『若葉のころ』

20160304_wakabanokoro_1.jpg

 台湾映画の新作『若葉のころ』(ジョウ・グータイ監督)は、タイトルから察せられるとおり、ビージーズの同名ヒット曲にちなんだドラマである。

 台北を舞台にした母娘二代の初恋物語で、2013年と1982年が交互に描かれる。
 《若葉のころ》は、映画『小さな恋のメロディ』(ワリス・フセイン監督/1971年、英)に使用されて、大ヒットした名曲だ。

 明らかに、音楽と画面ありきの映画で、そのせいか構成は少々、緩い。
 たとえば、娘が、母のパソコン内に、初恋の人宛ての未送信のメールを発見し、それを送信してしまうエピソードがある。
 ところが、この一件、ラストまで説明がないので、勘が鈍いオヤジ世代(=ビージーズ世代)には、なぜああいうことになるのか、すぐにはピンとこない。
 これなど、明らかに、画面を優先したせいだと思う。

 実は、監督のジョン・クーダイ(1964年生まれ)は、ミュージック・ビデオやCMの世界で活躍していたひとで、これが長編劇映画デビュー作だという。
 どおりで「音楽・画面優先」になっていたわけだ。

 で、きっとこの監督は、『小さな恋のメロディ』のファンで、あの映画への思いがこの作品に結実したのだと思いきや、まったくそうではないらしい。
 プログラム掲載のインタビューによれば、脚本は十数年前に完成しており、「17歳」のころを象徴する、昔の音楽を探していたら、《若葉のころ》と出会ったのだという。
 インタビュー内に、映画への思い入れを語っている部分は、皆無だった(実際、『小さな恋のメロディ』がヒットしたのは日本だけ)。
 つまり、物語ありきで、《若葉のころ》を後付けし、音楽に合わせて画面をつくったということになる。
 わたしのような、中学校時代にドンピシャで『小さな恋のメロディ』に出会った世代には、なんともしらける話だ。
(ただし、劇中には、『小さな恋のメロディ』へのオマージュのようなシーンも、ちゃんとある。「お尻をぶたれる」シーンである。ファンならば、すぐにわかるはずだ)
 
 ところが、そんな湿った思い入れがないことが、かえってさっぱりした空気を生み、いい方向に出たように思う。
 全体がシンプルで素直で、清潔感あふれる、とてもきれいな映画だった。
 役者もみんないい顔をしていて(主演の娘さんは、本復した上野樹里のよう)、芝居も自然でよかった。
 最近話題になった台湾の小説『歩道橋の魔術師』(呉明益/天野健太郎訳、白水社)にも通じる、どこか昭和の日本を思わせる雰囲気があった。

 そしてわたしが特に驚いたのは、《若葉のころ》の歌詞を、昔の高校生が「翻訳」するシーンが登場するのだが、その行為自体が、ドラマのたいへん重要なカギになっていることだった。

 実は、1971年の公開当時、確かに《若葉のころ》を自分で翻訳することに熱中した中高生が、たくさんいたはずなのだ。
 なぜなら、あの曲の英語歌詞は、たいへんやさしくて、中学生でも、ちょっと辞書を引けば簡単に訳せ、しかも、それを「自分のことば」に置き換えやすかったからだ。

 この曲は、『小さな恋のメロディ』の中では、ダニエル(マーク・レスター)と、メロディ(トレーシー・ハイド)が、放課後、手をつなきながら学校を出て、森の中や墓地を散歩するシーンに流れる。
(あの映画は、全体の半分ほどが「ミュージック・ビデオ」なのである)

41DNEqJV5UL.jpg
▲いまでも売れ続けている『小さな恋のメロディ』サントラCD。初出LPデザインがそのま踏襲されている。

 当時はスクリーンに出る字幕で、歌詞の意味を知るしかなかった。
 まだビデオもDVDもないし、そう何回も映画館に行けないから、字幕の歌詞を覚えて帰るなんてことも無理だった。
 サントラLPも出ていたが、ライナーに英文歌詞はあったものの、確か邦訳は載っていなかった。
 そこで、みんな、自分で訳したのだ。

 中学時代、同級生のM・I子さんは入学式で新入生代表の言葉を述べた才女だったが、彼女が、《若葉のころ》の訳を見せてくれた。
 もちろんもう覚えていないが、最初のフレーズだけは、いまでも忘れられない。
「わたしが子どもだったころ、クリスマス・ツリーは、どれもとても大きく見えた」
 これに対し、わたしの訳は、
「ぼくが小さかったとき、クリスマス・ツリーのほうが背が高かった」
 で、これは完敗だった。
 原文は「When I was small and Chrisitmas trees were tall」で、わたしは単純に直訳し、I子さんは意訳したのだが、どう比べたって、意訳のほうが、かっこよかった。
 
 今回の映画の中では、高校生たちが台湾語に訳し、スクリーン上に、手書きの訳文も登場するのだが、それがどんなニュアンスなのかは、台湾語を理解できないわたしには、わからない。
 ただ、字幕では「幼いころ、クリスマス・ツリーはとても大きく見えた」となっていた。
 映画字幕は、徹底的に字数を削減してつくられるが、それにしても、45年前に教室でI子さんに見せられた訳文にそっくりなので、驚いた。
 同時に、『小さな恋のメロディ』世代でもなく、思い入れもないはずのジョン・クーダイ監督が、わたしたちが興じたのと同じ、《若葉のころ》を訳す行為を物語の重要なトピックにしている点にも、驚いた。
 感性のあるひとは、時代や思い入れに関係なく、輝く瞬間を見つけ出すことができるのだなあと、うらやましく思った。

 I子さんとは、卒業後も、同期会事務局のメンバー同士で親しくしていたが、40歳そこそこの若さで、ガンで亡くなった。
 最後まで、病室で気丈に明るく振舞っていた姿が、忘れられない。
 もしいま、彼女が生きていたら、一緒にこの映画を観に行って、帰りに新宿アルタ裏の、とんかつ「卯作」でイッパイやりながら、こんな共訳にしたんじゃないかと思う。

ぼくが子どもだったころ、クリスマス・ツリーは、どれもとても大きく見えた。
仲間が遊んでいる間中、ぼくたちは愛し合ったものだった。
もう訊かないで。
時間は過ぎ去ってしまったし、
どこか遠くから来た誰かが、きみの心の中に入り込んでしまったのだから。

いまぼくたちは大人になり、クリスマス・ツリーより背が高くなってしまった。
きみも時間を訊かなくなった。
きみとぼく、二人の愛は永遠だけれど、
でもやっぱり、若葉のころになったら、泣いてしまうと思う。

<敬称略>

「卯作」=同期生Sくんが経営しているとんかつ屋。

【余談】
 身も蓋もない話だが、映画の中で流れる《若葉のころ》は、ビージーズのオリジナルではないので、注意されたい。
 あれは、台湾で新たに制作された音源である。
 よく聴けば、アレンジも声も、まったくちがうのがわかるはずだ。
(よって、ビージーズ世代は、肝心のシーンで、どうしても涙腺崩壊にまでは至らない)
 おそらく原曲音源の使用許諾が出なかったか、あるいは巨額の使用料だったのだろう。
 I子さんだったら、すぐ気づいたと思う。
「あれ、ビージーズじゃないよね! ざんね~ん!」

このCDの解説を書きました。素晴らしい内容です。ぜひお聴きください。

◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「BandPower」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。

毎週(土)23時FMカオン、毎週(月)23時調布FMにて、「BPラジオ/吹奏楽の世界へようこそ」案内係をやってます。5月は「さようなら、真島俊夫さん」「来日決定! ブラック・ダイク・バンドの魅力」です。詳細は、バンドパワーHPで。

◆ミステリを中心とする面白本書評なら、西野智紀さんのブログを。

スポンサーサイト
15:36  |  映画  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

*Comment

コメントを投稿する

URL
COMMENT
PASS  編集・削除するのに必要
SECRET  管理者だけにコメントを表示  (現在非公開コメント投稿不可)
 

▲PageTop

 | BLOGTOP |