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2016.06.13 (Mon)

第168回 カクシンハン版『リチャード三世』

リチャード三世
▲カクシンハン版『リチャード三世』

 第166回で、文楽で、長編狂言を抜粋上演する際、前日譚を「ダイジェスト段」で見せてはどうかと書いたら、まさに、そのとおりのシェイクスピアを観た。
 これが、ものすごく面白かった。
 演劇集団「カクシンハン」による薔薇戦争四部作(『ヘンリー六世』三部作+『リチャード三世』)の一挙上演である。
 (5月6~31日、シアター風姿花伝にて)

 メインは『リチャード三世』
 権力の座を手に入れるためならば、親族も部下も幼児も、皆殺しにして登りつめていく稀代の超悪漢を描く歴史劇だ。

 だが、彼のような怪物が誕生するまでには、それなりの過程がある。
 その前日譚が、シェイクスピアの処女作と見られている『ヘンリー六世』三部作である(もちろん、最初から「前日譚」として書かれたわけではなく、結果として『リチャード三世』があまりに面白くなったため、そう見えてしまうのだが)

 そもそも薔薇戦争の発端や経緯を説明せずに『リチャード三世』を上演するのは、第166回でも述べたが、『絵本太功記』で、突然「妙心寺」の段を出して武智光秀を登場させるようなものなのだ。
 たまたま『リチャード三世』があまりに有名になったため、前日譚なしで楽しんでいるひとがほとんどだが、シェイクスピアを現代感覚のエンタテインメントとして上演している演出家・木村龍之介としては、そこに至る「怪物誕生記」をきちんと提示したかったのだろう。

 そこで今回のカクシンハン版では、『リチャード三世』公演中、数回にわたって、『ヘンリー六世』第1~3部を、それぞれ70分に圧縮して上演してから、『リチャード三世』につなげる試みが行なわれた。

ヘンリー六世
▲『ヘンリー六世』三部作(ダイジェスト上演)

 ただし、「圧縮」とはいえ、三部計で、正味210分もかかる(本来なら10時間超を要する)。
 私が観劇したのは日曜日だったが、朝11時に開演し、途中、休憩を挟みながら三部作ダイジェストを上演して、本題である『リチャード三世』が始まるのは夕方5時からだった。

 最近の『ヘンリー六世』といえば、2009年秋、新国立劇場における三部作一挙上演が思い出される(演出:鵜山仁)。
 マーガレット役の中嶋朋子が圧巻の名演技で、案の定、紀伊国屋演劇賞(個人賞)を受賞した。
 これはもちろんダイジェストではなく、慣習的カットを除けば完全上演といってよく、各部3時間~3時間半を要した。
 通し上演の日は、開演が朝11時で、終演が夜10時半頃だった。

 これに比べれば、同じ朝11時開演ながら、夕方4時前に一段落するカクシンハン版が、いかに省略されているか、わかるはずだ。
 だが、無理なダイジェスト感は、ほとんどなかった。
 たいへんスピーディーで面白かった。

 さらに感動したのは、前日譚『ヘンリー六世』三部作と、本編『リチャード三世』の、つなぎ方である。
 『ヘンリー六世』第3部のラストを、『リチャード三世』冒頭部、ヨーク家大集合の場面で終わらせたのだ。
 しかも、ヨーク家一同が、舞台上で奥を向き(=客席に尻を向け)、「ハイ、ポーズ」と記念写真を撮っている。
 その中に、背中を曲げて片足を引きずるリチャードがおり、『リチャード三世』冒頭の有名な独白をはじめるところで暗転となる。
 つづく『リチャード三世』は、この場面を、そのまま正面から観た形で幕が開くのである。

 なんと、演出の木村龍之介は、文楽の「オクリ」を、シェイクスピアでやったのだ!

 文楽は、たいへん長いので、途中で、太夫と三味線が交替する。
 ところが、その交替箇所が、わざわざ、詞章の途中に設定されるのである。

 たとえば、『義経千本櫻』四段目「川連館」の途中に、こういう詞章がある。
 「早々鼓(つづみ)打て打てと、言い捨て奥に入り給えば、亀井駿河も忠信に引き添いてこそ入りにけれ」
 通常、ここで、「口」(冒頭)から「中」(中間部)に移るので、太夫と三味線が交替する。
 ところが、なぜが、最初の太夫は「♪忠信に引き添い~~~」までを語って突然終わる。
 文章(詞章)の途中で、プツリと切れるのだ。
 ここで床が回って次の太夫と三味線が登場する。
 黒衣の東西声で紹介があって、拍手がやむと、太棹がベンベンと鳴って、突然、「♪てこそ入りにけれ~」と始まるのである。
 無理やり詞章の途中をぶった切って、極めて不自然なところからつなげるのだ。
 これを「オクリ」という。
 「太夫・三味線は交替するが、物語はまだつづく」ことを伝えるために生まれた手法だという。

 今回の『ヘンリー六世』第3部のラストと、『リチャード三世』冒頭部は、この「オクリ」そっくりな演出で構成されていた。
 演出の木村龍之介は、まさに文楽の手法でダイジェスト段をつくっていたのである(もっとも、本人が文楽を意識していたとは思えないが)。

 私は「カクシンハン」を観たのは初めてなのだが、たいへん自由闊達ながら、ちゃんと原典を踏まえたシェイクスピアで、実に面白く観た。
 リチャードを演じた「おどる顔面凶器」河内大和は、以前、栗田芳宏演出の「りゅーとぴあ能楽堂 シェイクスピア・シリーズ」に出演していたが(特に、最初から最後まで能舞台の真ん中で座ったまま演じた『ハムレット』は、忘れられない)、その「怪優」ぶりは、さらに磨きがかかり、見事な滑舌で流麗なせりふ回しを披露してくれた。

 こういう演出を見るにつけ、長編文楽でも、抜粋上演における「ダイジェスト段」を、ぜひ実現させてほしいと思った。
<敬称略>


このCDの解説を書きました。

◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「BandPower」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。

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