2016.12.22 (Thu)
第175回 カレル・フサ死去

▲CD「吹奏楽燦選/フェスティーヴォ!」 ヴァーツラフ・ブラフネク指揮/東京佼成ウインドオーケストラ(DENON)
※カレル・フサ《プラハ1968年のための音楽》など、チェコの吹奏楽曲を多くおさめている。
作曲家、カレル・フサが亡くなった(12月15日、行年95)。
思いつくままに、周縁をつづってみる。
カレル・フサは、1921年、旧チェコスロバキアのプラハに生まれ、プラハ音楽院やパリ音楽院に学び、1950年代にアメリカにわたった。
以後、ニューヨーク州イサカにあるコーネル大学教授などをつとめながら、作曲活動をつづけた。
わたしが好きだったのはバレエ音楽《トロイアの女たち》(1980)で、ステージは観ていないのだが、物語の流れが目に浮かぶような構成だった。
エウリピデスの原案戯曲を知っていると、何倍も楽しめる音楽だった。
また、ピュリッツァー賞を受賞し、アメリカで作曲家としての地位を確立した弦楽四重奏曲第3番(1969)や、交響曲第2番《リフレクションズ》(1982~83)なども面白く聴ていた。
フサは打楽器の扱いが巧みだった。
上記のバレエ曲では、大量の太鼓類がカサンドラの凌辱やトロイア炎上を表現していた(金管楽器も大活躍で、ほとんど吹奏楽曲のよう)。
交響曲でもテンプル・ブロックや鍵盤打楽器が独特の味付けとなっていた(もちろん弦楽四重奏に打楽器はないが、それでも「打」を思わせる奏法やフレーズが多く登場する)。
フサは、アメリカで「吹奏楽=ウインド・アンサンブル」なる形式を知ったようで(その点は、ネリベルも同様)、いくつかの吹奏楽の名曲を生んでいる。
特に《プラハ1968年のための音楽》(1969)は、旧ソ連主導のワルシャワ条約機構軍による「プラハの春」弾圧事件を描写した吹奏楽曲で、コンクールで頻繁に演奏され、日本では、一時たいへんな人気があった(ジョージ・セルの進言で管弦楽化もされており、2004年に下野竜也が日本初演、以後、さかんに取り上げている。1月のN響定期でも演奏されるようだ)。
この曲は、いわゆる「現代音楽」なのだが、内容が描写的で、スメタナの交響詩《わが祖国》と同じフレーズ(フス教徒の戦いの歌)が使用されているせいか、普段、この種の音楽に慣れていないものでも、すんなりと聴くことができる。
前述《トロイアの女たち》は、この曲の発展形でもある(どちらも、他国によって都市が蹂躙される点では、同じ物語だ)。
「プラハの春」弾圧事件(チェコ事件)を描いたものでは、ミラン・クンデラの小説『存在の耐えられない軽さ』が有名だ(映画化はフィリップ・カウフマン監督)。
これと、近年、日本でも展覧会が開催されたマグナムの写真家、ジョゼフ・クーデルカによる写真集『プラハ侵攻1968』(キャパ賞受賞、日本版は平凡社刊)に、フサの吹奏楽曲などで、私たちは事件のイメージを得た。
チェコスロバキアの「カレル」といえば、もう一人、作家、カレル・チャペック(1890~1938)がいる。
独裁政権を暗喩で批判した『山椒魚戦争』(1936)や、戯曲『ロボット』で知られる、反体制派の才人だ(『園芸家十二か月』や『ダーシェンカ』など、滋味あふれる随筆でも)。
カレル・チャペックが亡くなったのが1938年12月。翌1939年、ナチスドイツがプラハを占領する。幸か不幸か、チャペックは故国がナチスに蹂躙される光景を見ずに世を去った。
カレル・フサは、このカレル・チャペックの次の世代にあたる。
ナチス占領時代、フサは10代の若者だった。近年話題になったミステリ風ノンフィクション『HHhH プラハ、1942年』(ローラン・ビネ、高橋啓訳/東京創元社)でも描かれたが、この時期のプラハで自由に芸術に触れることは、おそらく不可能だった。
終戦時、フサはまだ21歳。明るい時代が来るかと思いきや、母国はソ連の衛星国となり、共産党政権となった。
結局、フサは、アメリカにわたる。
そして約40年――。
1989年、「東欧革命」と称される民主化革命が東側各地で発生した。
フサは、この年、故国を訪れて《プラハ1968年のための音楽》チェコ初演を実現させる。
1990年、亡命していた指揮者、ラファエル・クーベリックが故国にもどり、「プラハの春音楽祭」に復帰した。
1991年、ワルシャワ条約機構が解散し、ソ連崩壊。
1993年、チェコスロバキアは連邦を解体し、「チェコ共和国」と「スロバキア」に分離した。《プラハ1968年のための音楽》から四半世紀がたっていた。
たまたま、来年3月、新国立美術館で開催される「ミュシャ展」で、超大作「スラブ叙事詩」全点が来日する。6m×8mもある、ほとんど壁画のような絵画全20点の連作である(チェコ国外では初公開だという)。その中には、フスや、フス教徒を描いた作品もある。
フサの95年の生涯と、チェコスロバキアの命運を思うとき、ついにこういう時代が来たかと、ため息が出る。
<敬称略>
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