2017.01.23 (Mon)
第177回 映画『東京ウィンドオーケストラ』

▲映画『東京ウィンドオーケストラ』(坂下雄一郎監督・脚本)
最近は吹奏楽を題材にした映画や漫画、小説が目白押しで、いささか辟易としているのだが、この『東京ウィンドオーケストラ』(坂下雄一郎監督・脚本)は、少々変わった味わいの映画なので、ご紹介しておきたい。
鹿児島・屋久島の役場につとめる樋口詩織(中西美帆)は、地味な島の生活しにしらけきっている。
そんな彼女が、東京から、一流の吹奏楽団「東京ウインドオーケストラ」を招聘するコンサートを担当させられる。
だが彼女が呼んだのは、下町のカルチャーセンターで結成されたばかりの、10人の初級バンド「東京ウィンドオーケストラ」だった(「イ」が拗音)。
10人は半ば観光気分で島に着くが、やがて自分たちが一流バンドと間違えられていることに気づく。
もちろん詩織も気づくのだが、なんとか、このまま本物だとだまして公演を乗り切ろうとし……。
いくらやる気がない職員とはいえ、明らかにモデルが想像できる一流吹奏楽団と、カルチャーセンターのアマチュアを間違えるなど、考えられないのだが、そこはコメディなので、あまり気にならない。
『お熱いのがお好き』(1959年、ビリー・ワイルダー監督)で、むくつけきオッサン2人が女装して女性楽団に紛れ込み、だまし通す設定よりは、現実味がありそうに思える。
それよりもこの映画の面白さは、これほどの椿事が発生したにもかかわらず、ほとんどの関係者が妙にクールな点にある。
大声をあげたり、飛びまわったりといったドタバタは、なくはないのだが、かなり冷静なのだ。
そこが妙なおかしさにつながり、美しい屋久島の光景のせいもあって、こども向けの映画とはちがったテイストを醸し出している。
ちなみに映画における屋久島といえば、日本映画の至宝、『浮雲』(1955年、成瀬巳喜男監督)のクライマックスの舞台として有名だが、あのような暗い設定ではなく、光り輝く、美しい屋久島が登場する(できれば、もう少し、島の大自然を見せてほしかったが)。
実はこの映画の製作主体は、衛星劇場などを運営する「松竹ブロードキャスティング」である。
同社は「作家主義」「俳優発掘」をテーマにユニークな映画を製作しつづけており、第1弾『滝を見に行く』(2014年、沖田修一監督)はロングランを記録したし、第2弾『恋人たち』(2015年、樋口亮輔監督)はキネ旬第1位を獲得した。
その第3弾が本作である。
坂下雄一郎監督(脚本も)は東京藝術大学大学院映像研究科出身で、これが初の商業映画だという。
設定は、映画『迷子の警察音楽隊』(2007年、イスラエル他、エラン・コリリン監督)がヒントになったらしい。
10人のバンド・メンバーはワークショップで選抜されたそうで、プロアマ混在だけに、全員、妙な味がある。
『滝を見に行く』をご覧になった方は、その「妙な味」が想像できると思う。
中には、松竹を定年退職した元映画宣伝マンもいる。
主演の中西美帆は、ふてくされた感じが、なかなかうまかった。
劇中で“偽吹奏楽団”が演奏する吹奏楽曲は、スーザ《キング・コットン》だ(現実には、初級バンドがやる曲ではない)。
なぜかトロンボーン奏者の女性が、スライド式でなく、ピストン式を吹いているのが印象的だ。
そのほか、地元の中学校吹奏楽部が、2015年度のコンクール課題曲、マーチ《春の道を歩こう》(佐藤邦弘作曲)を演奏する。
“吹奏楽映画”といえばコンクールをネタにしたドタバタ・コメディと思い込んでいる方々にのんびり観ていただきたい、そんな映画である。
※公開劇場などは、公式ウェブサイトを参照。
<敬称略>
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