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2017.06.01 (Thu)

第185回 映画『メッセージ』

メッセージCD
▲映画『メッセージ』サウンドトラックCD(音楽:ヨハン・ヨハンソン)


 テッド・チャンの短編小説『あなたの人生の物語』(原題Story of Your Life)が、『メッセージ』(原題Arraival)と題して映画化された。
 新聞雑誌、ツイッター、ネット上など、どこでも絶賛である。
 ついにあの印象深い小説が映像化されたのか、しかもそんなに出来がいいのか――と、鼻息荒く劇場へ駆けつけた。
 しかし、少々残念な映画だった。

 テッド・チャンの小説は、独特の「構造」=「枠組み」で描かれるのだが、中身は、言語学を織り交ぜながら綴られる、いい意味でチマチマした、母娘のせつない「物語」である。
(そもそも宇宙船の到来については、「軌道に船の群れが出現し、あちこちの草原におかしな人工物が出現した」くらいしか書かれていない)
 それが、「問題国家」中国をめぐる、エイリアンvs地球戦争直前の、政治緊迫ドラマに変容していた。
 テッド・チャンのファンは、呆気にとられたのではないか。

 もちろん原作と映画が同じでなければならない理由は、ない。
 興行として世界中でヒットさせるためには、これくらいのスケール・アップが必要なのも、わかる。
 よくまあ、あんな小さな小説を、これほどの話に膨らませたものだと感心もした。
 しかし、どこか「既視感」がある。
 過去の映画――『インデペンデンス・デイ』を静謐にしたような、『インターステラ―』の空気を取り入れたような、『コンタクト』の親子愛を取り入れたような。
 さらには、小説『幼年期の終わり』(アーサー・C・クラーク)の精神を借りたような。
 中国が重要な存在になっているのは、原作者が中国系だからか、あるいは、近年の、たとえば『神の動物園』のケン・リュウに代表されるSF界における中国系人気を意識したような。
(原作の「枠組み」は、東洋特有の思想が背景にあるといえないこともなく、それを強調するために、中国を登場させたのかもしれない)
 そして、主人公の男女2人が、なぜ最後で、ああいう関係になるのか、そこに至る細やかな感情の交流も描かれない。
 つまりこの映画は、「枠組み」ありきで出来ているのである。
 原作から「枠組み」を借りて、既成の素材を加えて窯変させているのだ。
 この映画に感動したひとは、「物語」ではなく、「枠組み」に感動しているのではないだろうか。
 そういえば、同時期にアカデミー賞を争った『ラ・ラ・ランド』も、ラストの独特の見せ方=「枠組み」ありきの映画だった。
 普段から、上質な「物語」――小説、詩、映画、音楽、美術などに触れずにいると、この程度で打ちのめされてしまうのだ。
 わたし個人としては、できれば、原作の小さな世界を、プライベート・フィルムのようにひっそりと再現してほしかった。

 勝手なことばかり述べたが、音楽はたいへん素晴らしかったので、これは特筆しておきたい。
 テーマ音楽には、マックス・リヒター(1966~)の《オン・ザ・ネイチャー・オブ・デイライト》が使用されている。
(スコアは、アイスランドの作曲家ヨハン・ヨハンソンで、これも素晴らしい)
 リヒターは、眠りのための8時間の音楽《スリープ》(配信のみ)や、《四季》を再構築したアルバム『25%のヴィヴァルディ』(どこかせつない響きで、胸を締めつけられる)などで知られる、ポスト・クラシカルの作曲家である。
 映画館の大音響で彼の音楽を聴くと、満天の星空の下にいるような気になる。
 この映画は、アカデミー賞で多くの部門にノミネートされながら、結局「音響編集賞」のみの獲得だった。
 これからご覧になる方は、コンサートのつもりで行かれたほうがよいと思う。
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▲《オン・ザ・ネイチャー・オブ・デイライト》が収録された、マックス・リヒターのアルバム『ブルー・ノート・ブックス』(配信)

<敬称略>

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 6月は「吹奏楽で聴く、2017年メモリアルイヤーの作曲家たち」と「来日記念! フィリップ・スパーク×シエナ先取り(再現)コンサート」の2本です。

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