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2017.09.22 (Fri)

第188回 文学座アトリエ公演『冒した者』

冒した者
▲文学座創立80周年記念「冒した者」(作=三好十郎、演出=上村聡史)

 創立80周年を迎えた文学座が、意欲的な記念公演をつづけている。今月は、三好十郎作『冒した者』が上演された(演出=上村聡史/文学座アトリエにて、9月19日観劇)。
 昭和27年7月に劇団民藝が初演した芝居である(演出=岡倉史郎・三好十郎)。当時の出演は、滝沢修、宇野重吉、清水將夫、細川ちか子、奈良岡朋子――とある。民藝は、この年だけでも5~6本の映画製作に参加しており、上記役者たちのほとんどがそれらに出演している。そのかたわら、これほど重量級の芝居を初演していたことに驚かされる。
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 舞台は東京郊外の高台に建つ3階建ての家だが、戦時中の空襲で半ば朽ちかけている。この家には様々な事情を抱えた人間が9人住んでいる。戦争帰りの男、クリスチャンの夫人、広島で被爆して盲目になった少女、ニヒリストめいた医者、金儲けに走る株屋、バクチ好きな元芸者……等々。
 そこへ、殺人を犯した青年が入り込んでくることで、9人の過去や考えが次第に露呈され、何かのバランスが崩れ始める。過去を清算できずに右往左往する一方、未来に混沌しか見いだせない「戦後日本人」の姿が浮かび上がってくる。
 それでも、語り部の「私」(作者自身を思わせる)は、ラスト近くで「しかし、私は生きていくだろう。いや、今こそ、生きて行く」と、この混乱した状況に「決着」をつけようとする。
 全20場、2回の休憩を含めて3時間50分、徹底的なせりふの応酬が展開する。
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 日本は、昭和27年4月に、サンフランシスコ講和条約の発効で主権を回復した。そのたった3か月後に初演された芝居である。もちろん作者は、前年あたりから想を練るか、執筆に入っていただろう。この年の初めには、朝鮮半島の「38度線」に加え、もうひとつの線「李承晩ライン」が設定されている。「警察予備隊」(のちの自衛隊)も組織され、占領軍は日本政府に対し、さかんに再軍備をもちかけていた。
 そんな時期の作品だけに、「千人殺した人間が、三人殺した人間を審判する事が出来るのか?」「又ぞろ再軍備だとか徴兵だとか、あっちでもこっちでも又々おかしな調子になってるんですからね」「目には見えないが三十八度線は日本内地にも引かれている」など、戦後の日教組スローガンみたいなせりふが続出する(その一方で「戦争を喰いとめようとする努力そのものが戦争の原因になりつつある」といったセリフもある)。
 抽象的な舞台(美術=乘峯雅寛)は前方に傾斜し、巨大な半円形の穴は空襲跡のようだ。舞台上のすべて、食器や新聞などの小道具までもが真っ黒なのは、原爆によって炭化した状態を想起させる。
(余談だが、傾斜舞台は、役者の脚力にたいへんな負担がかかる。有馬稲子は、長年、地人会公演『はなれ瞽女おりん』に主演していたが、傾斜舞台でほとんど正座したまま演じていたので、膝を痛めて歩行困難になり、人工膝関節手術を受けた)
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 わたしたちは、なぜいま、このような芝居を見せられるのかを、考えざるをえない。その結果、多くの観客は、昭和27年といまは、どこか似ているようだ……と解釈する。過去と現代とを結びつけ、再び不安の時代が来ていることを照射しているのだろう……と。
 確かに舞台上には空襲跡があるし、小道具は炭化しているようだし、せりふもいまの時代にぴったりだ――新聞評も、ツイッターでも、そんな主旨の賞賛が多かった。
 だが、ふと妙なことに気がつく。その程度の解釈は、芝居を観慣れていないものでも、すぐに思いつくはずだ。果たして、そんな〈あたりまえの解釈〉を、創立80年、百戦錬磨の文学座が、あえてするだろうか。これでは、ベートーヴェンの《第九》を歌えば恒久平和を訴えたことになると錯覚して満足しているのと、あまり変わりないではないか。
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 わたしは、今回の演出や美術は「確信犯」であり、この芝居を取り上げたこと自体が「観客への挑戦」だと思った。終演後、大きな拍手をおくっている観客に向かって、こう問いかけていたのではないか――「われわれがあえて提示した〈あたりまえの解釈〉で、いいんですか?」と。
 〈あたりまえの解釈〉をすんなり受け入れてしまうわたしたち――それは、7年間の占領でアメリカの掌の上で迷走をつづけた、あの屋敷に住む9人の「戦後日本人」そのものではないだろうか。
 そして、演出家はいつの間にか、10人目の人物(殺人を犯し、屋敷に紛れ込んだ青年)に同化している。ラスト近くの彼のセリフ「生きると言う事は、殺すという事ですよ。あなた方は、みんな死んでいるんです」は、演出家(青年)から、観客(屋敷の住人)への呼びかけだったのではないだろうか。
 この芝居は、わたしたちが、どんな「戦後日本人」になったかを、鏡のように見せてくれた。しかし、救いの手は、差し伸べられない。クリスチャンでさえ、救われない。そのことに、どれだけの観客が気づいただろう。
 そう考えると、おそろしい作品であり、おそろしい上演だった。
<敬称略>

※劇中のセリフは、『三好十郎Ⅲ 冒した者』(ハヤカワ演劇文庫)より引用しました。

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