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2017.12.07 (Thu)

第189回 キルギスの民族音楽

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▲キルギス民族音楽アンサンブル「オルド・サフナ」(11月22日、東京音楽大学)



 キルギス共和国の民族音楽を初めて実演で聴いた。
 同国のアンサンブル「オルド・サフナ」の、東京音楽大学付属民族音楽研究所における公開講座である(11月22日、同大学にて)。同研究所のキルギス人講師、ウメトバエワ・カリマンさんの解説で進行した。

 中央アジアに位置するキルギスのひとびとは、元来が遊牧民族で、自然の中で暮らしていた。そんな彼らが奏でる音楽だから、大音量の、野性的な音楽を予想したが、そうではなかったので、意外だった。同研究所はガムランの紹介や指導でも有名だし(これぞ大音響民族音楽の極み)、ショスタコーヴィチの《ロシアとキルギスの民謡の主題による変奏曲》などで得ていた先入観のせいもあった。
 ところが、音量はたいへん控えめで、音楽内容も極めて上品だったのだ。

 編成は8人。コムズ(3弦の撥弦楽器)、クルクヤック(2弦の擦弦楽器)、口琴(鉄製、木製)、縦笛、横笛、土笛(オカリナ)、太鼓などで構成されており、曲によって歌唱が加わる。
 最初、この控えめな上品さは、わざと洗練した「演出」かと思った。すでに2回目の来日で、CDも製作しており、海外公演も多いという。日本でも、外国人観光客向けに、舞妓や芸者のお座敷芸のエッセンスを見せるツアーがあるが、あれに近いのではないか、と。
 だが、解説などによれば、そうでもないらしい。

 遊牧民の生活は大草原を「水平」に移動するが、キルギスは国土の半分近くが標高3,000m以上の山岳国であり、中国国境には有名な天山山脈がある。そこで、キルギスの遊牧民は、「水平」だけでなく、山岳地帯を「垂直」に移動することも多いという。よって、楽器も小ぶりで軽く、携帯に適したサイズとなった。となると、必然的に音量も小さくなり、移動が多いせいもあって、音楽は、大会場で不特定多数の聴衆に聴かせるものではなく、親族内のプライベートな楽しみとなったらしいのだ。

 もちろんそれは、小編成の音楽アンサンブルの話であって、たとえば、日本銀行からキルギス中央銀行に派遣された日々の回想記『キルギス大統領顧問日記』(田中哲二著、中公新書、2001年初版)などによれば、「特に目立つのが舞台芸術の質の高さであり、素人の私がみていてもすばらしいものがある」そうで、特に、「ロシア・バレエ、キルギス民族舞踊のダイナミズムに圧倒されてしまう」という。今回の公演では舞踏はなかったのだが、おそらくそこでは、相応の音量で野性的な光景が展開されるのだろう。
 ちなみに同書によれば、市民小劇場では、木下順二『夕鶴』がキルギス語で上演されていたほか、民族音楽もよく演奏されていた。著者は、ティルコムズ(鉄口琴)を覚え、宴席で演奏したという。「アイヌに伝わるムックリのような音色である。キルギスの音楽は、歌唱、楽器ともかなり哀調を帯びている」と記されている。

 ともあれ、わたしが聴いた「オルド・サフナ」の演奏も、適度な音量の、確かにどこか哀愁や、懐かしさを感じさせるアンサンブルであった。
 中心となる弦楽器コムズは、ギターや三味線のような奏法だが、一種の曲弾きもあって、楽器をさかさまにしたり、肩の上に乗せて弾いたり、見た目にも楽しいものであった。
 曲は、自然や馬を題材に描くものが多く、ターライ作曲《ジュルクチュ》(馬飼い)などは、見事な疾走感にあふれており、途中に入る掛け声や口笛なども実に心地よかった。
 たまたまこのアンサンブルだけの特徴かもしれないが、いわゆる全体を支える「低音楽器」はないようで、それが落ち着いた上品さを高めているような気もした。 
 アンコールで《上を向いて歩こう》が日本語歌唱入りで演奏されたのだが、これまでもがキルギス的な和音進行の、清浄感あふれる演奏だった(キルギス人と日本人は、先祖が同一民族だとの伝説があるせいか、たいへんな親日国である)。

 中央アジアには「アラ・カチュー」(誘拐婚)と呼ばれる習慣があるという。いくつかの報道や書物で知っている程度なのだが、要するに男性側が、女性を承諾なしに誘拐し、無理やり花嫁にしてしまうことである。西洋社会からは、女性の人権を無視した野蛮な行為だと指摘されている(現在、どれほど行なわれているのかまでは、わたしは把握していない)。そんな予備知識と、彼らの演奏とのメージのちがいに、新鮮な驚きもあった。

 できれば最後に、短時間でいいので質疑応答の時間をもうけてほしかった。
 たとえばキルギスでは国民の7~8割がイスラム教徒のはずなのだが、娯楽音楽が敬遠されがちなイスラム教の環境で、民族音楽がどのような位置にあるのか。あるいは、同国の大昔の王の事績をあつかう口承叙事詩《マナスエポス》(前掲書によれば、全編口演に3~4日かかる、世界最長の叙事詩だという)についてなども、簡単でいいので、知りたかった。
 同研究所の公開講座は、毎回、興趣に満ちた世界を紹介してくれる。入場無料なので、ぜひ多くの方々にもっと知られてほしい。

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