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2018.05.18 (Fri)

第198回 天狗界の楽器事情~『仙境異聞』

仙境異聞
>▲『仙境異聞/勝五郎再生記聞』(平田篤胤著、子安宣邦校注/岩波文庫)

 この3月以降、ツイッター上で、ある岩波文庫が、たいへんな話題となっている。
 平田篤胤著(子安宣邦校注)『仙境異聞/勝五郎再生記聞』である。広島の書店員の推薦ツイートが最初だとか、熱心なファンのツイートが最初だとか諸説あるらしいが、とにかく「そんな面白い本が岩波文庫にあったのか」と火がつき、全国の店頭から瞬時に消えた。
 岩波書店の本は、原則として買い切り制で、返品できないので、これは書店にとって僥倖だった。

 ところが同書を求める声は一向におさまらず、アマゾンの中古価格は、一時、6万円台にまでエスカレートした。岩波書店は、おっかなびっくり、増刷をはじめた。
 同書の校注監修者・子安宣邦氏(日本思想史家)は、文春オンラインのインタビューで、次のように述べている。
「3月の初めに第6刷の通知が来たんです。この文庫は2000年1月に初版が出て、以来5刷で止まっていたんです。だから『ああ、やっと増刷か』ぐらいの気持ちでそのハガキを見ていたんです。ところが間をおかずに第7刷の通知が届いた。『へぇ』と思っていると、ほとんど日をおかずまたもや増刷の通知。これは明らかに異常事態だと」
 増刷通知は、それでおさまらなかった。
「第6刷が1200部、7刷が1500部、8刷が3000部の増刷でした。今、9刷、3000部の印刷をしているようです。今年の2月から4月にかけて、たちまち1万部近くの増刷。岩波文庫でこういうことは珍しいんじゃないか?」(4月29日付、文春オンラインより)
 岩波文庫であろうとなかろうと、本が売れないこの時代に、回を追ってロットが増える、この増刷ペースは異様である。

 そもそも本書は、特に新刊というわけではなく、上記のようにすでに2000年に文庫化されていたものだ。それどころか、昔から何度か本になっており、解説書も出ている。水木しげるは劇画にしているし(『神秘家列伝』~「天狗小僧寅吉」)、坂東眞砂子は小説にしている(『天狗小僧魔境異聞』)。
 つまり、特に目新しい読み物ではないのだが……。

 『仙境異聞』は、江戸時代(1820年代前後……シーボルトが来日し、幕府が異国船打払令を発布しようとしている時期)に、復古神道の大家にして、日本国学四大人(うし)の一人、平田篤胤が著した「奇書」、いや「トンデモ本」である。
 冒頭を現代語訳にすると、こんな感じだ。

 文政3年10月の夕刻、和学者・屋代輪池がやって来た。
「天狗に誘拐(神隠し)されていた子供が帰ってきて、いま、随筆家・山崎美茂の家にいる。この子が語る、あちらの世界の話が、どうもあんたが書いていることと、似ているらしいんだ。これから行って会ってみるんだが、あんたも一緒に行かないか」


 普段から霊界の存在を信じていた「江戸の丹波哲郎」平田篤胤は、もちろん、鼻息荒く、その少年「寅吉」に会いに飛んで行く。果たして15歳の寅吉の証言は、すさまじくリアルで、微に入り、細に入った。さっそく寅吉を自宅に引き取り、長時間インタビューを開始する。
 寅吉は幼少時より超能力を発揮し、火事や天候不順を言い当て、占いに興味を持っていた。7歳のとき、山人(やまびと=天狗のこと)に連れられ、常陸国(茨城)岩間山へ瞬間移動した。以来、山人の国で杉山僧正なる師に付き、修業の日々が始まる。ただ、ときどきは空中飛行で江戸に帰っていたので、家人は、そのことにまったく気づかない(不在の間、時間は経過していないようだった)。

 寅吉の証言は、実に面白い。21世紀に生きる我々にはおよびもつかないような、自由な精神と生活が、山人界にはあったことを教えてくれる。本稿は、一応「音楽コラム」なので、まず、目についた、「音楽」関連の証言をご紹介しておく。拙訳の現代文で記す。

平田「山人たちは、法螺貝(ほらがい)は吹くか」
寅吉「あちらでは使わないね。だけど(人間界の)山伏が貝を吹くのは、妖怪を避けるワザだと昔から伝わっていると聞いたことがあるよ」

 山人界には「七韶舞」(しちしょうのまい)なるダンスがあり、笛や歌を伴うという。
平田「七韶舞以外で使う楽器は、ないか」
寅吉「十二絃の琴があったよ。形は人間界の琴とだいたい同じだけど、絃は真鍮でできていて、各絃の下に小さな穴が空いていた。弾き方はよく知らない。
 それと、手拭い掛けみたいな物に、図のような物(円盤状の物)を掛け、打ち鳴らす楽器もあったよ。(←ドラ?)
 さらに、刀と盃をもって舞う〈シヨタンの舞〉というのがあった。踊り方も歌の文句も覚えていないけれど、太鼓を打ってたな。太鼓にはイルカの皮が張ってあった。形は三味線の胴の部分に似ていて、中に仕切りがある。そこへ小豆が入ってるんだ。すると、打つたびに、中の小豆がバラバラと音を立てる。こちらの太鼓ほどいい音じゃない。(←大型マラカス? またはレインスティックかオーシャンドラム?)
 拍子木みたいな木を打つこともある。左右を合わせ、舞の足拍子に合わせるんだ。(←クラベス?)」

 平田が石笛を吹いて聞かせ「こういうのを知っているか」と聞くと、
寅吉「穴が空いていて、ブウブウと鳴る石はいくらでも見たことあるけど、こんなにいい形をして、きれいな音が出るのは初めて見たよ」(←オカリナ?)

 オランダ渡来のオルゴオルを見て、
寅吉「あちらのお山にも似た楽器があったよ。鉄の箱に笛を6本仕掛け、水を張る。外の肘金をまわすと、つながっている鉄棒が水をかき回し、そのうち湯となって、(蒸気で)笛が鳴るんだ」(←簡易パイプオルガン?)

 基本的に山人界では、水の中に金属棒を入れてかき回すと湯が湧くのである。
(これだけ打楽器があれば、スティーヴ・ライヒの小曲くらいは演奏できそうだ)
 インタビューは、やがて雑談会話になる。音楽以外の話題で印象的な証言を挙げると……。

平田「ある女が、ひとりで、山奥で昼寝していたら、蛇が陰門に入って出てこなくなり、とうとう亡くなったそうなんだが……」
寅吉「蛇が陰門や肛門に入って出てこなくなったときは、鉄漿(おはぐろ)一合に酒五勺を入れて煮立てて呑ますといいよ。すぐに蛇は出てくるよ。蛇に妊ませられたり、食いつかれたりしたときも、効くよ」

平田「お前がこっちに戻ってきたのでは、師は(人手不足で)いまごろ困っているんじゃないか」
寅吉「師は、何人にも分身できるから、俺ひとりがいなくなったくらいでは、どうってことないよ」
平田「分身とは、どうやるのだ」
寅吉「下唇の下のヒゲを抜いて、そのへんに置き、呪文を唱えるんだ。そうすると、師と同じものが何人も出来上がるんだ。俺は呪文の文言は知らない」

 さて、きりがないので、このへんにするが、わたしがいちばん印象に残ったのは、以下の会話である。
 寅吉は、師と共に中空を飛行し、ときには月にまで近づいた。平田は興奮気味で、月の様子についてしつこく聞く。すると、
寅吉「月は、最初は寒そうなんだけど、近づくと、意外と暖かいんだ。(地上から)光って見えていたところは海みたいな、泥が混じっているように見えたな。俗にいう《ウサギが餅をついている》ところには、2つか3つ、巨大な穴が空いていた」
平田「その、光るところが海みたいだというのは、確かに西洋人の説にもあって、わからんでもない。だが、《ウサギが餅をついている》ところに穴が空いているというのは納得できん。あそこは、一種の山岳だと聞いているぞ」
寅吉(笑って)「あなたは、本で読んだことを挙げて、俺の話とちがうと言っているのでしょう。俺は本は知らない。実際に見たことを言っているだけだ。確かに師も山岳だと言っていた。だけど、近づくと、確かに穴があるんだから仕方ない。しかも、その穴から、月の後ろ側の星までが見えたんだから、間違いないよ」

 月に「穴」などないことを、いまのわたしたちは、知っている。だから彼は、「穴」を見たのではない、月の裏側を「透視」したのである。
 本やネットの知識で頭でっかちになってちゃダメだよと、寅吉は、21世紀のわたしたちを嗤っているような気がした。

※併録の『勝五郎再生記聞』は、八王子の百姓の息子・勝五郎が、突然、前世の記憶を話し始め、それが、数年前に日野で亡くなった子供のことと完全に一致しているというので、聞きつけた平田篤胤が、またもや勝五郎を引き取って長時間インタビューした「生まれ変わり」の証言集。これまた、なかなか面白い。


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