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2018.09.07 (Fri)

第207回 2003年、北米大停電

停電の夜に
▲ロングセラー、ジュンパ・ラヒリ『停電の夜に』(新潮文庫)は、ロウソクが頼り(本文とは何の関係もありません)。

 2003年8月14日、わたしは、出張で、エージェントのY氏とともに、ニューヨークの出版社「MARVEL」本社にいた。夕方の16時過ぎ、打ち合わせしていると、突如「バチン!」と音がして、ビル内の電気がすべて消えた。同時に「全員、退出」を促すサイレンが鳴った。2年前の「9・11テロ」の経験からか、ひとびとの対応は素早かった。我々も、階段で外へ出て、ホテルへもどることにした。
 
 マンハッタンは、たいへんなことになっていた。信号が消え、ひとの流れは四方八方メチャクチャとなり、ときどき、タクシー同士がぶつかったりしている。
 タイムズ・スクエア近くのホテルに着くと、すさまじい状況だった。エレベータが動かないため、身動きのとれない宿泊客が、ロビーどころか、表の道路にまであふれかえって座り込んでいた。

 やがて、ホテルのスタッフがロビー中央にあらわれ、説明をはじめた。
「この停電は、カナダを含む、北米大陸ほぼ全域で発生した大規模なものです。復旧の見込みは、立っておりません。コンピュータが動かないので、チェックアウトも、チェックインもできません。エレベータも動きません。非常階段をつかってください。洗面室の水道は、屋上のタンクから供給されているので、しばらくは使えます。ただし、汲み上げポンプが動かないので、やがて水も出なくなります。なお、各部屋のドアのキーは、電池式ですので、ルーム・カードで自由に出入りできます」

 我々の部屋は24階だった。決死の覚悟で階段を登った。非常階段は完全な暗闇だったが、Zippoのオイル・ライタを点すと、意外な火力で広い範囲を照らせた(当時、わたしは喫煙者だった)。充電できないので、スマホはなるべく使わないようにしていた。室内は窓からさす月明りで、まあまあ明るかった。深夜になると、トイレの水が流れないせいで、排泄物の匂いが漂いはじめた(そのほか、実にさまざまな出来事があったのだが、紙幅の都合で略す)。

 翌日は、昼に、『バットマン』などの原作ライター、アンドリュー・ヘルファー氏とランチの予定だった。だが、もちろん店はどこも営業していない。スマホで連絡を取り、中間のワシントン・スクエア公園で会うことにした。
 昼になっても電力は回復しなかったが、町中はのんびしていた。エアコンが止まっているので、サラリーマンもショップ店員も、みんな、ビルの外に椅子を出して、呆然と座っていた。

 昼過ぎ、ヘルファー氏は、キックボードに乗って陽気にあらわれた。
「きみたちも、たいへんなときに来たもんだね。ボクも、昨夜から、スナック菓子しか食べてないよ」

 ……と、そのとき。芝生の向こうで、熱そうなピザをハフハフ食べながら歩いているひとたちがいるではないか! ヘルファー氏は、すぐに飛んで行って「そのピザ、どこで売ってるんですか?」と聞いていた。近くだというので、さっそく我ら3人も、駆けつけた。確かに小さなピザ屋があり、行列ができている。そこは、薪(マキ)の窯で焼く、昔ながらのピザ屋だった(ガス管も併設されていたが、そのときは薪で焼いていた。停電の影響でガスもダメだったのか)。中東系とおぼしき店員が3人がかりで、次々と粉をこねてピザ生地をつくり、焼いていく。「いまこそ稼ぎ時だ」と察したのか、あるいは「心底から温かい食べ物を提供したかった」のか、何かに憑かれたように、汗みどろで焼いている。

 ほぼ24時間ぶりに口に入った、温かい食べ物――うまかった! やがて夕方になり、スマホの充電もついに切れたころ、マンハッタンのネオンが、再び灯りはじめた。
 北米大停電の足かけ2日間、ほんとうに役に立ったのは、Zippoのオイル・ライタと、薪で焼いたピザだった。
前回のつづきは、次回掲載予定)


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