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2018.12.06 (Thu)

第217回 書評『ベートーヴェン捏造 名プロデューサーは嘘をつく』

かげはら
▲かげはら史帆『ベートーヴェン捏造 名プロデューサーは嘘をつく』(柏書房)


 すでにかなりの絶賛書評が出ているうえ、増刷にもなっているようなので、いまさらの感もあるのだが、やはり、小欄でもご紹介しておきたい。

 ベートーヴェンの弟子・秘書に、ヴァイオリニストでもあったアントン・シンドラー(1795~1864)なる男がいたことは、ご存知の方も多いと思う。世界初の楽聖の伝記を著したことでも有名だ。後年のひとびとが知るベートーヴェン像の多くは、彼の証言によるところが大きい。
 だが、いまでは、その多くが信用できず、かなりの問題人物だったということになっている。彼が記した、「運命はこのように扉をたたくのだ」(交響曲第5番の冒頭部について)、「シェイクスピアの『テンペスト』を読みたまえ」(ピアノ・ソナタ第17番について)などの楽聖の発言は創作だったらしい。メイナード・ソロモンの大著『ベートーヴェン』でも、こっぴどく書かれていた記憶がある。

 さらに問題なのは、「会話帳」の改ざんだった。ベートーヴェンは難聴だったので、相手の発言はノートに記してもらい、それを読んで答えていた。これらを、シンドラーは、後年、書き変えて、史料としての重みや、自分の存在価値をさらに大きくさせていた。
 たとえば伝記に、交響曲第7番第2楽章のテンポについて、ベートーヴェンが「速すぎる」と不満をもらし、アレグレットより遅い「♩=80」を付記しようと考えた――との記述がある。
 このエピソードの「証拠」を、後日、シンドラーは、会話帳に「捏造加筆」した。「そうしたらイ長調の交響曲の第二楽章は♩=80で演奏するべきですか?」と。いかにも、ベートーヴェンがそう発言し、それを受けてのメモのように見える。

 実は、これらの事実は、すでに1970年代から国際学会で指摘されており、決して本書のスクープではない。だが、現地取材はもちろん、ここまで原資料に徹底してあたり、再構築してミステリ顔負けのノンフィクションに仕立てた、こんなことをやったのは、この著者が世界で初めてだろう。
 著者・かげはら史帆氏は、単著はこれが初だが、『運命と呼ばないで ベートーヴェン4コマ劇場』(IKE著、学研パブリッシング)の原案者。また、春秋社のPR誌「春秋」連載、「フェルディナント・リース物語」の筆者でもある。学究肌とエンタメ色がバランスよく同居している、新しいタイプの音楽史研究家の登場といえよう。
 かげはら氏は、決して、シンドラーの行状を露悪的に暴いていない。現に、彼の死後のあるエピソードには、ちょっとホロリとさせられる。それが、本書の最大の魅力だろう。

 いま、クイーンの伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』が大ヒットして、みんな号泣している。
 ラスト、1985年のライブエイドで歌うフレディ・マーキュリー。直前にエイズと診断され、余命を知った。殺人犯の告白に託して、「♪ママ、あなたを泣かせたくなかった。死にたくないよ。みんな、さようなら」と歌うフレディ。まるで遺言のようだ。あのライブに、こんな裏話があったとは!
 だが、この設定は「創作」である。フレディがエイズと診断されたのは、1987年ごろ、つまり、ライブエイドより後のことだ。
 いつの時代でも、プロデューサーは嘘をついて、ひとを感動させるものなのだ。


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