2018.12.30 (Sun)
第219回 松平頼曉のオペラ

▲松平頼曉作曲・台本《The Provocators~挑発者たち》初演(12月21日、イタリア文化会館アニエッリホールにて)
松平頼曉(1931~)のオペラ《The Provocators~挑発者たち》初演を観た。すでにかなりの部分が2008年にはできていたものの、なかなか初演の機会がなかったのを、音楽批評・プロデューサーの石塚潤一氏をはじめとする企画グループ「TRANSIENT」が舞台に乗せた。
歌手は5人(女声2、男声3。指揮:杉山洋一)。ただし、ピアノ・リダクション版(本来は、小管弦楽版。編曲:小内將人)、コンサート形式である。それでも、舞台上にはイメージ静止画と字幕が投影され、歌手は簡単な動きを伴って小道具も使用する。英語歌詞、台本も作曲者自身。
わたしは、松平頼曉作品は、数えるほどしか聴いたことがないので、このオペラが、松平作品の系譜のなかで、どのような位置をしめるのか、また、どのような意義があるのか、たいしたことはいえない。なのに、なぜ行ったのかというと、拙い経験ながら、松平音楽は、なにかを「表現」しているとか、「あらわしている」とか、そういうこととは無縁の、無機質な、「様式」が先行する、孤高の音世界だと思っており(そもそもご本人は生物物理学者、理学博士である)、そういう音楽を書いてきたひとが、情感や物語表現が基盤になるはずの「オペラ」を書くとは夢にも思わず、いったいどうなるのか、たいへん興味があったからである。
物語は、架空の独裁管理国家。軍事政権を維持するために、実は、反政府ゲリラ組織が、政府によって極秘裏に維持されている。そんな管理下で起きる裏切りや離反……。典型的なディストピア物語である。オーウェル『一九八四年』、アトウッド『侍女の物語』、P・D・ジェイムズ『トゥモロー・ワールド』(人類の子供たち)などの世界に近い。
約1時間の作品中、長めのアリアが3曲あり、それらは、オペラとは無関係に、もともとあった曲なんだそうである。それらをつなぎ合わせ、1本のオペラに仕立てたという。さすがに、どのアリアもずば抜けて個性的な音楽である。
終演後、製作スタッフたちのトークがあり、木下正道氏(作曲家)が「物語は、正直、よくわからない」と笑いながら言っていたが、確かにそうで、これが、衣裳や舞台セットもある完全上演だったらちがうのかもしれないが、どうも隔靴掻痒な印象が残った。ラストで、すべての登場人物が相撃ちになり、そこへスマホを持つ不思議な老人(?)が登場し、いままでの物語がすべてデジタル・ゲームだったかのような終わらせ方をするのも驚きだった。一種の「デウス・エクス・マキナ」ともいえそうである。
では、つまらなかったのかというと、別の意味で、これはたいへん面白いオペラであった。先述のように、本来、松平作品は、なにかを表現する音楽ではない。なのに、物語や感情を表現するオペラを書いてしまった。そのため、作品そのものが、感興と無機質の挾間で、微妙に揺れているのである。情緒におぼれかけると無感情に引き戻され、無感情に過ぎた瞬間、時折、感情がよみがえる、そんな微妙なシーソー感覚を味わった。いわば「オペラ」なる手段で「反オペラ」を描くような、スリリングな1時間ともいえた。
5人の歌手、ピアノも十分、作品を手の内に入れた演奏で見事だった。
2年後には、演出をともなう、正式舞台上演があるのだという。楽しみに待ちたい。
<一部敬称略>
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