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2019.02.13 (Wed)

第224回 堺屋太一さんの「峠」

堺屋太一
▲早すぎた? 堺屋太一『俯き加減の男の肖像』(1995年、新潮社刊)


 1983年7月から、翌年9月まで、堺屋太一さんの週刊誌連載小説を担当した。まさに疾風怒濤の62週だった。
 堺屋さんは、その前年(1982年)、NHK大河ドラマ『峠の群像』の原作を書いていた。元禄時代を登り坂経済期と見て、その頂点(峠)を赤穂藩廃絶=企業倒産に見立てる。以後は一挙に下り坂。そんな峠の端境を「経済」の視点で描く、異色の忠臣蔵ものであった。

 わたしが担当した『俯き加減の男の肖像』は、その続編を思わせる小説である。
 吉良への報復に批判的で、討ち入りに参加しなかった赤穂の石野七郎次が、一介の商人に身分を変え、元禄以後の不景気の時代を「俯き」ながら生き抜いていく。
 当時、堺屋さんは「超」をいくつ付けても足りないほどの売れっ子で、主に東京と大阪を往復しながら、いつどこで原稿を書いていたのか、驚異的な忙しさだった。
 しかも当時は、まだ、ワープロもパソコンもメールもファクシミリもケータイもない時代だ。肉筆のナマ原稿を直接いただかなければならない。毎週、凄まじい原稿取りが展開した。全62回中、「締切日」に原稿をいただけたことは、1~2回だった。ほとんどは、校了(印刷に入る直前の状態)と同時、もしくは少し遅れての受け取りだった。
 校了日に大阪から帰京するとわかって、夕方から最終まで、東京駅に到着するすべての上り新幹線のグリーン車両に張り込んで、行方を追ったこともある(このときは、実は予定より早く帰京しており、完全な行きちがいだった)。
 最近の新聞・雑誌連載は、全体を書きあげてから“分載”するケースが多い。隔世の感がある。

 しかし、堺屋さんといえば、1970年の大阪万博の実質的プロデューサーである。わたしにとって、大阪万博は小学生時代の最大の思い出だけに、堺屋さんはヒーローだった。
「大阪万博の最大の功績はね、日本人の、外国人に対する壁が一挙になくなったことです。現に、以後、国際結婚と海外留学が爆発的に増えたんです。やがて日本は、島国とは思えないほど、外国人だらけになりますよ」
 この言葉は、忘れられない。当時は「そんなもんかなあ」と思っていたが、いま、繁華街を歩きながら、堺屋さんの“予言”を否定できるものは、いないと思う。

 ところが堺屋さんは、連載小説を完結させても、なかなか単行本化しなかった。『俯き加減の男の肖像』がようやく単行本になったのは、連載終了から約12年後、1995年のことである。連載終了時、堺屋さんは「まだ本にするのは早すぎます。ほんとうの下り坂が、これから来ますから。それまで待ちましょう」と言っていた。これほどの大作を書き上げながら「本にしないでくれ」と言った作家は、そうはいないであろう。

 その後、バブル崩壊(1991~93年頃)、松本サリン事件(1994年)、阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件(1995年)……。まさに堺屋さんのいう「ほんとうの下り坂」が、やってきた。そこで、ついに単行本化したのだが、なぜかまったく売れなかった。ベストセラーを連発してきた作家としては、内心、忸怩たるものがあっただろう。わたしもつらかった。あまりに世の中の出来事が強烈すぎて、小説を凌駕しているような気がした。
 だが、いまになって思う。あの小説は、1995年でも早すぎたのではないだろうか。このあと、1997年に山一證券をはじめとする企業の破綻・倒産が続出する。これこそが『峠の群像』で描かれた赤穂藩廃絶(倒産)だった。

 連載開始前、堺屋さんは、こんな「作者の言葉」を寄せていた。
「峠」=元禄後には「永く深い下り坂があった。宝永・正徳の停滞期、享保の不況だ。商家の倒産は相次ぎ」「人口は減少傾向を辿る」「武士ばかりか、農民町人も高望みを禁じられ、豊かなくらしを抑えられた世の中で、人々は生き残る術を策し、生き甲斐を探す」「多くの商家で家訓が作られ、武士道を究めんとした『葉隠』ができ、勤勉と倹約の併存を説く日本独特の哲学『石門心学』が育つ」(週刊新潮1983年7月7日号)
 世に溢れるポイント・サービスや、書店のビジネス指南書の山を見るにつけ、この言葉に、平成最後の「いま」を感じるのは、わたしだけだろうか。
 「ほんとうの下り坂」とは、これからやってくる、平成の次の時代のことだったのかもしれない。

■堺屋太一(1935/昭和10~2019/平成31年) 作家、評論家、通産官僚、元経済企画庁長官。2月8日逝去、享年83。


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