2019.02.19 (Tue)
第226回 ひとことで言え、大河ドラマ

▲これを大河ドラマにすればよかったのに。古今亭志ん生『なめくじ艦隊』(ちくま文庫)
NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺』が、凄まじい低視聴率である。
第1回を観たとき、「ずいぶん、ややこしい話だな」とは思ったが、ツイッター上では絶賛の嵐だった。脚本の宮藤官九郎が大人気で、「さすが、クドカン」と、みな大喜びである。
わたしのような初老には無理らしいが、今年の大河ドラマは幸先よさそうだ……と思った。
ところが、ツイートの中に「史上最低視聴率は確実」といった主旨の投稿があって、ひときわ、異彩を放っていた。見れば、文芸評論家・作家の小谷野敦氏である。『大河ドラマ入門』(光文社新書)を著しているほどの専門家が、そこまでハッキリ言うとは……だが果たして、事態は、そのとおりとなった(同時に、ツイッター上の声は、世論大勢でないことがはっきりした)。
低視聴率の原因は、あれこれと挙げられているが、二点だけ、わたしなりに気づいたことがある。
まず、最初の数回を観て、「ドラマ」ではなく、「ひな壇バラエティ」に近い感覚を覚えたこと。
民放では、ひな壇にタレントがならんで、ビデオ映像を観ながら、言いたいことを言うバラエティが大人気である。さまざまなタレントや、文化人(っぽいひと)があらわれて、勝手なことを言い、ひとの揚げ足をとって、からかう。
『いだてん』を観ていると、ドラマ全体が、あのバラエティの空気でできているように感じる。人物の発言や行動の「原理」ではなく、「展開」が重要なようだ。昭和30年代から明治に飛び、すぐに、その逆になる……こういったドタバタした「展開」そのものが、主役になってしまっている。
バラエティばかり観ている若者にはいいだろうが、シニア以上にはしんどい。
もう一点は、ドラマの内容が「ひとこと」では言えないこと。
日曜夜8時は、三世代がそろう時間帯である。しかも全国放送だ。小難しい説明なしで、子供も老人も、ひとことで説明されてわかる話でなければならない。
『いだてん』の場合は、ひとことで言うと「金栗四三と田畑政治の生涯を、古今亭志ん生の回想で描く」となる。だがこれでは、何が何だかわからない。金栗四三も田畑政治も、ふつうのひとは、知らない。志ん生でさえ、いまの若者は、知らない。
そこで、もう少し説明を増やすと「日本人として明治45年に初めてオリンピックに出場したマラソン選手・金栗四三と、昭和39年の東京五輪招致に尽力した元朝日新聞記者で水泳指導者の田畑政治――この2人の生涯を、昭和の落語名人・古今亭志ん生の回想で描く」となる。それでも、多くのひとにはピンとこないだろう。「なぜこの2人なのか?」「円谷幸吉や東洋の魔女ではダメなのか?」「志ん生は、彼らと知り合いだったのか?」といった疑問がわく。ファンなら「だってクドカンは志ん生の大ファンだから」と直感するだろうが、では脚本家が近衛秀麿のファンだったら、近衛の回想になるのか(きっとすごい昭和史ドラマになるはずだが)。
志ん生を描くなら、『なめくじ艦隊』(ちくま文庫)のような抱腹絶倒の自伝があるのだから、これをそのままドラマ化したほうが、絶対に面白い。「志ん生の生涯を描くドラマ」と、ひとことで言える。「秀吉」「信長」「家康」(の生涯を描くドラマ)みたいに。
ここ1~2年、中公新書で戦乱日本史ものが売れている。『応仁の乱』『観応の擾乱』『承久の乱』――だが、よほど歴史に詳しいひとでないと、知らない戦乱だと思う(わたしも、応仁の乱しか、聞いたことなかった)。では、なぜ、これらは売れたのか。ひとことで内容をあらわす、うまい副題が付いていたからだ。
「戦国時代を生んだ大乱」(応仁の乱)
「室町幕府を二つに裂いた足利尊氏・直義兄弟の戦い」(観応の擾乱)
「真の『武者の世』を告げる大乱」(承久の乱)。
これなら、わかる。
いまはなき名コラムニスト、山本夏彦は、しばしば「ひとことで言え」「かいつまんで言え」と述べた。
「NHKは朝のニュースを八十分にすると自慢しているが心得ちがいである。むしろ短かくせよ。ひと口で言え。(略)それがジャーナリストの任務である」(「夏彦の写真コラム」週刊新潮 昭和63年4月7日号)。
この言葉を今年の大河ドラマに捧げたい。
<敬称一部略>
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