2019.03.01 (Fri)
第228回 古典派時代の「吹奏楽」

▲東京佼成ウインドオーケストラ第147回定期演奏会 4月25日(木)、東京芸術劇場 コンサートホール
来月の東京佼成ウインドオーケストラ第147回定期演奏会で、ルイ・シュポア(1784~ 1859、ドイツ)の《ノットゥルノ》Op.34が演奏される。1820年頃に作曲された管楽アンサンブル曲、つまり19世紀初頭の「吹奏楽」曲である。こういう曲が、吹奏楽コンサートで演奏されるのは珍しいことだ。
この曲には、副題が付いている。校訂譜によって表現はちがうが、「For Harmonie and Janissary Band」または「For Turkish Band」。要するに「トルコ風軍楽のための」である。木管や金管などの「管楽器」のほかに、トライアングル、バスドラム、シンバルの3つの打楽器が加わる編成だ。これが「トルコ風軍楽」の特徴のひとつでもあった。当時の「吹奏楽」といえば、多くはこの「トルコ風軍楽」のことだった。このころ、ヨーロッパ、特にウィーンでは「トルコ文化」が大流行だったのだ。
かねてよりオスマン帝国(トルコ)は、何度となくヨーロッパ中央部に侵攻してきた。その最大規模が、1683年の第二次ウィーン包囲だった。これをヨーロッパ諸国連合が討ち破った。以後、諸国連合とオスマンは長期戦に入り、大トルコ戦争の果て、オスマンは、史上初めて領土を割譲させられるのである。
このときヨーロッパの、特にウィーンのひとびとは、巨大帝国に打ち勝った喜びをさまざまな形であらわし、やがて憧れのエキゾティシズムとなった。たとえば、パンのクロワッサン(三日月)は、オスマン(トルコ)の国旗の三日月を象ったものだ。また「コーヒー」も、敗走したオスマン軍が残していったコーヒー豆がきっかけで、ウイーンに定着し、カフェの発展を促したという。
だが、もっともわかりやすいのは「音楽」だろう。
ハイドンは交響曲第100番《軍隊》で、トルコの打楽器(上述3種)を使用した。
モーツァルトは、トルコを舞台にした歌芝居《後宮からの誘拐》を書き、ピアノ・ソナタ第11番やヴァイオリン協奏曲第5番にトルコ風の曲想を取り入れた。
べートーヴェンは、舞台劇『アテネの廃墟』の劇伴にトルコ行進曲を書いた。
リストは、ピアノ協奏曲第1番で、トライアングルをソロ楽器のように用いた。
ロッシーニの歌劇《イタリアのトルコ人》なんてのもある。
トルコは、昔から金属加工に優れていた。シンバルやトライアングルは、トルコ軍楽に取り入れられ、独特の金属加工技術でさらに磨き上げられ、定着したといわれている。シンバルに「ジルジャン」レーベルがあるが、これはシンバル製造の特許的技術をもつ、トルコで活躍したアルメニア人一族の名前である。
そのほか「太鼓」もトルコお得意の楽器だった。現在のティンパニは、トルコ軍楽隊がパレードする際、馬の両側にぶら下げて合図のリズムを叩いたものが原型と言われている。かつて、NHKのドラマ『阿修羅のごとく』(1979~80年、和田勉演出)のテーマに使用されて話題となったメフテル(トルコ軍楽)の、あの響きである。
冒頭で挙げたシュポアの《ノットゥルノ》も、この「トルコ風軍楽」スタイルで、打楽器3種が使用されている。シュポアは、ヴァイオリニストであり、指揮者であり、作曲家でもあった。ヴァイオリンの顎あてを発明したそうで、そのほか、初めて「棒」で指揮したり、スコアに練習番号を導入したり、なかなかのアイディア・マンだった。ベートーヴェンと親しく、彼の交響曲第7番の初演にも参加した。
そういえば、ベートーヴェンの交響曲第9番《合唱付》の第4楽章で、上述のトルコ打楽器3種が使用されている。1824年の作曲なので、シュポア《ノットゥルノ》とほぼ同時期の曲である。もしかしたら、ベートーヴェンは、この《ノットゥルノ》を聴いて(見て)、同じ打楽器の使用を思いついたのかもしれない。だとしたら、大昔の「吹奏楽」が、音楽史に残る名曲の誕生を促した可能性もあるわけで、そんなことを考えながら聴くのも、また楽しいと思う。
*3月の「BPラジオ/吹奏楽の世界へようこそ」で、「シュポアって誰? 管楽サンブルの魅力」が放送されます。詳しくは、こちら。
*東京佼成ウインドオーケストラ第147回定期演奏会
4月25日(木)、東京芸術劇場 コンサートホール、19:00開演
指揮:ポール・メイエ
詳しくは、こちら。
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