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2023.12.07 (Thu)

第438回 【映画】「音楽と政治」を描く、3本のドキュメンタリ映画(下)~”モーツァルトの息子”とウクライナ

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▲映画『連帯のためのモーツァルト』出演者とスタッフたち(右から4人目がオクサーナ・リーニフ)  【国際モーツァルテウム財団HPの公式公開写真】

(前回からのつづき)
◆連帯のためのモーツァルト(Salzburg- Lviv:Mozart for Solidarity/制作:Young & Hungry production、2022年) YOUTUBEで無料公開中 ※リンクは文末に。

3本目の本作は正確にいうとドキュメンタリというよりは、「解説付きセッション・コンサート映像」である。よって、ほとんどが演奏シーン。曲ごとに解説や関連映像が流れ、日本語字幕も付いているのだが、正直、あまり親切な解説内容ではない。字幕が間違っていたり、予備知識がないとわかりにくい部分もある。だが、これはたいへん貴重な音楽映像だ。すでに一部マスコミで紹介されているように、YOUTUBEで無料公開されているので、ご覧になる方のために、簡単に説明しておこう。

   *****

この映像の企画制作者で、ナビゲーターとしても登場するのは、ウクライナ人指揮者のオクサーナ・リーニフ。2021年、女性として初めてバイロイト祝祭に登壇し、《さまよえるオランダ人》を指揮したことで話題になったひとだ。現在はボローニャ市立歌劇場の音楽監督もつとめ、この秋に来日して《トスカ》を指揮していた。

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▲オクサーナ・リーニフ(左)と、アンドリー・ムルザ(vn)~映像より 【国際モーツァルテウム財団HPの公式公開写真】

さらに彼女は、2017年からウクライナのリヴィウ市で開催されている「リヴィウ・モーツァルト音楽祭」(LvivMozArt)の創設者・芸術監督でもある。

ただし、この「モーツァルト」とは、我々が知る、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトのことではない。正確には、その息子(4男)、フランツ・クサヴァー・ヴォルフガング・モーツァルト(1791~1844)を指す。

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▲フランツ・クサヴァー・ヴォルフガング・モーツァルト 【写真:Wikimedia Commons】

父ヴォルフガング・アマデウスには6人の子供(4男2女)がいたが、男子で成人まで生きたのは2人だけで、そのうち、音楽の道に進んだのは、末息子のフランツ・クサヴァーだけだった(長兄カール・トーマスも音楽を学んだが、途中で断念している)。

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▲2人だけ生き残った、モーツァルトの息子~長兄カール・トーマス(右)と、末弟フランツ・クサヴァー  【写真:Wikimedia Commons】

ただし、フランツ・クサヴァーが生後4か月のときに、父ヴォルフガングは亡くなっているので、バッハ家のように、父の影響を受けたわけではない。“第二のアマデウス”に育てようとした母コンスタンツェの英才教育で、サリエリほか、当時の大音楽家たちに習わされた。

そのフランツ・クサヴァーが、なんと30年近くにわたってリヴィウに住み、音楽活動をおこなっていた。

もっとも、当時のリヴィウは、ハプスブルク家のオーストリア=ハンガリー帝国に支配されており、都市名はドイツ語で「レンベルク」だった(それ以前は、ポーランド王国の支配下だった)。ウクライナ共和国の都市となるのはずっとあとのことで、よってフランツ・クサヴァーは、あくまで自国オーストリアで活動していたのである。

しかしとにかくフランツ・クサヴァーは、この地で合唱団を組織し、歌劇場の音楽監督をつとめるなどして、リヴィウを音楽文化豊かな街に育てた。現在のウクライナ国立リヴィウ音楽院の(前身組織の)創設者でもある。そして、父の作品を指揮し、父のピアノ曲や協奏曲を弾き、父の旋律にもとづく変奏曲を書き、モーツァルト家の名誉を守りつづけた。

つまり現在、リヴィウ市がウクライナを代表する文化都市となっているのは、この“モーツァルトの息子”のおかげなのである。「リヴィウ・モーツァルト音楽祭」は、その功績に由来して、リヴィウ州ブロドゥイ市出身のオクサーナによって創設された。

   *****

リヴィウでのフランツ・クサヴァーの、もうひとつの大きな功績は、音楽教師として、女性作曲家でピアニスト、ユリー・フォン・ウェベナウ(1813~1887)を育てたことである。

ウェベナウ
▲ユリー・フォン・ウェベナウ。おそらく独身時代(カヴァルカボ姓)のころの肖像 【写真:Wikimedia Commons】

彼女は決して作品数は多くないが、ロマン派時代の女性作曲家の草分け的存在となったひとだ。後年、シューマン夫妻との交流でも知られるようになる。有名な、シューマンの《フモレスケ》Op.20は、このユリーに捧げられた曲である。また、ユリーも、ピアノ幻想曲《別れと帰還》Op.25をシューマンに献呈している(映像中で聴ける)。

ウェベナウ 晩年
▲晩年と思われる、ユリー・フォン・ウェベナウの写真 【写真:Wikimedia Commons】

ところがややこしいのは、このユリー・フォン・ウェベナウの独身時代の旧名が、「ユリー・ド・バローニ=カヴァルカボ」だったので、この映像では、一般資料に多い「ウェベナウ」姓でなく、「カヴァルカボ」の旧姓で呼ばれることだ。慣れないうちは、少々わかりにくい。

実は、このユリーの母親ジョゼフィーヌ・バローニ=カヴァルカボ(1813~1887)が、フランツ・クサヴァーと愛人関係にあった。この母親も歌手だったそうなので、おそらくフランツ・クサヴァーが娘を教えているうちに、そういう関係になったのだろう。そのため、娘ユリーの父親がフランツ・クサヴァーではないかと疑われたこともあったが、それはちがうようだ。

なお、フランツ・クサヴァーは生涯独身で、子供もいなかったので、財産は、このジョゼフィーヌに贈られている(ただし、父モーツァルト関連の遺品は、彼が総裁をつとめたモーツァルテウム財団に寄贈された。父モーツァルトの肖像画や自筆譜がいまでも残っているのは、彼のおかげなのである)。そしてこの時点で、モーツァルト家の血脈は完全に途絶えている。

というわけで、この映像では、ユリー・フォン・ウェベナウは、旧姓の「カヴァルカボ」で紹介されるので注意が必要だ。

   *****

また、映像の最初の方で、ナビゲーターのオクサーナが、ザルツブルクのモーツァルト記念館(生家)を訪ねるシーンがある。そこに1枚の絵画《聖セシリア》(音楽の守護聖人)がある。これが「ウクライナのリヴィウから来た絵画」とされていた。それを知ったオクサーナが、故郷ウクライナと“モーツァルトの息子”との関係を調べて、音楽祭や、この映像制作につながったのだった。

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▲モーツァルト記念館にある絵画《聖セシリア》~ユリーの母ジョゼフィーヌがモデルだという 【写真:Wikimedia Commons】

実は、この絵画《聖セシリア》のモデルが、フランツ・クサヴァーの愛人(そして、ユリーの母親の)、ジョゼフィーヌ・バローニ=カヴァルカボなのである。おそらくフランツ・クサヴァーが(いまでいうスマホ写真やプロマイドの感覚で)描かせて、身近に置いていたのであろう。フランツ・クサヴァーがリヴィウで組織した合唱団の名称も「聖セシリア聖歌隊」であった。このあたりも、映像ではサラリとしか解説されない。

しかしおおよそ、以上の基礎知識があれば、この映像は、たいへん興味深い80分になると思う。

なお余談だが、「ウェベナウ」と聞いて、20世紀初頭にウィーンで活躍した女性作曲家、ヴィルマ・フォン・ウェベナウ(1875~1953)を想起する方がいるかもしれない。彼女は、上述、ユリー・フォン・ウェベナウの孫娘である。シェーンベルクの弟子だった。アマデウス→息子フランツ・クサヴァー→弟子ユリー→孫ヴィルマ→教師シェーンベルクとつながっているような気になる。

   *****

というわけで、肝心の映像の内容だが、先述のように、演奏が中心で、フランツ・クサヴァーとユリーの曲が、次々と登場する。どれも、ピリオド楽器で演奏されるが、品があって、とてもいい曲ばかりだ。さすがに父モーツァルトとまではいかないが、この時代の音楽としては、超一級品であることがわかる。フランツ・クサヴァー作品はすでに有名曲もあるし、CDも多い。シューベルトやベートーヴェンとならんで《ディアベリ変奏曲》も書いているし、父モーツァルトの《ドン・ジョヴァンニ》の主題による変奏曲などもある。だが、ユリーの曲は、あたしは初めて聴いた。上述《別れと帰還》など、なかなかの名曲ではないか。

だが重要なのは、映像中の演奏者が、全員、ロシアの侵攻から脱出してきたウクライナの音楽家たちであることだ。彼らは、その体験を語りながら演奏に臨む。なかには、九死に一生を得て逃れてきたひともいる。それでも音楽を伝えようとするひとたちの姿は、胸を打つ。本作は、皮肉にもロシアの侵攻のおかげで、ウクライナと“モーツァルトの息子”の関係、さらには、フランツ・クサヴァーとユリーの素晴らしい音楽を伝える貴重な映像になったのである。

今回、そんなドキュメンタリが、YOUTUBEでの無料公開になったのは、演奏会場にもなっている、国際モーツァルテウム財団の協力のようだ。あまりかまえず、パソコンでBGMがわりに流す感覚でよいので、ぜひ、多くの方にご覧(お聴き)いただきたい。モーツァルトの名を守り抜いた町が、いま蹂躙されていることの不条理も感じるはずである。

◇ドキュメント映像『連帯のためのモーツァルト』は、こちらで無料公開中。


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2023.12.05 (Tue)

第437回 【映画】「音楽と政治」を描く、3本のドキュメンタリ映画(上)

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▲第18回難民映画祭 ※HPや予告編は文末に。

「音楽と政治」にまつわるドキュメンタリ映画を、たまたま3本つづけて観たので、簡単にご紹介しておきたい。最初の2本は、この11月、第18回難民映画祭で上映され、すでに終了しているが、最後の1本(次回紹介)は、現在、YOUTUBEで無料公開されており、いつでも視聴できる。

   *****

まず、最初の2本を上映した「難民映画祭」について。これは、国連UNHCR協会(UNHCR=国連難民高等弁務官事務所の活動を支える日本の公式支援窓口)の主催。難民を扱った海外の劇映画やTVドラマ、ドキュメント映像の特集上映である。今年で第18回になる。入場無料のドネーション方式(任意の寄附)で、ほとんどが日本初公開。全作、日本語字幕付きである。

あたしは最初期から参加しているが、当初は毎回20本以上の作品が一挙上映される、巨大な催しだった。それほど海外では「難民」にまつわるTVドラマや劇映画、記録映像がつくられているのだ。

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▲第8回(2013年)に上映された『脱出』

なかでも、第8回(2013年)で上映されたオランダ映画『脱出』(EXIT/ボリス・パヴァル・コーネン監督)は、あたしがここ10年余の間に観た外国映画のなかで、何本かの指に入る衝撃度だった。もとはTV作品で、オランダ映画祭で最優秀TVドラマ賞を受賞している。ヨーロッパでは、このレベルのドラマを平然とTVで放映しているのかと、仰天したものだ。だが、これまた述べだすと遠回りになるので、これぎりに。

そんな難民映画祭も、コロナ禍以降は上映作品数も減り、ドキュメンタリを中心に劇場公開よりもオンライン上映に傾注するようになった。それでも本年も、6作品が上映された。そのうちの2本が、音楽にまつわるドキュメンタリだった(あたしは2本ともオンラインで観た)。

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◆ビバ・マエストロ! 指揮者ドゥダメルの挑戦(¡Viva Maestro! /Ted Braun監督、2022年) 
※日本初公開(海外DVDあり。Prime Video配信はあるが、日本では視聴できないようだ)

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いまもっとも人気のあるベネズエラ出身の指揮者、グスターボ・ドゥダメルに密着取材。手間と時間と多くのカメラを駆使し、世界中をまわって撮影・制作された、たいへんな労作である。

ドゥダメルは、ロサンゼルス・フィル音楽監督のほか、2017年にはウィーン・フィルのニュー・イヤー・コンサートに登壇。ベルリン・フィルも指揮している大スターである。ベネズエラ政府が支援する音楽教育プログラム「エル・システマ」出身。貧困や麻薬、犯罪から子供たちを守るシステムでもある。ここから育った若者たちで結成されたのが、シモン・ボリバル交響楽団。ドゥダメルが音楽監督をつとめ、いまやDeutsche Grammophonと専属契約を結ぶほどの人気オーケストラに成長させた。

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▲シモン・ボリバル響を指揮するドゥダメル(ロンドン公演) 【写真:Wikimedia Commons】

この映画は、おおむね3部構成。第1部は、2017年、シモン・ボリバル響がドイツ・ハンブルクで、ベートーヴェン交響曲全曲演奏会に挑む様子。出発前のリハーサルで、どうしても《運命》冒頭部が揃わない。必死に口と身振りで説明するドゥダメル。日本の高校吹奏楽部の熱血練習にそっくりである。だがその真摯な教え方は、なかなか感動的だ。

そしてハンブルクでの本番。ここで見事にそろう冒頭部には、驚く。どれくらいの練習期間があったのか不明だが、映画は、まずここを見せて、ドゥダメルの指揮者としての力量や、母国の若者たちから慕われている様子をうまく説明してくれる。

中間では、ベネズエラが国情不安となり、団員が次々と国外へ逃れ、欠員が増えていく様子が描かれる。アメリカ・ツアーもアジア・ツアーも中止となった。

そして最終部。ドゥダメル自身が母国の政策に反旗を翻す発言を連発し、そのため、自身も帰国できなくなる。

2018年、エル・システマの創始者で恩師ホセ・アントニオ・アブレウが逝去する。チリのサンティアゴで追悼コンサートを開催することになった。だが、もはやシモン・ボリバル響だけでは人数が足りない。すると、ドゥダメルが指揮してきた世界中の一流オーケストラから助っ人が駆けつけてくる。ロス・フィル、ウィーン・フィル、エーテボリ響……ベルリン・フィルからは、大人気ホルン奏者、サラ・ウィリスが来てくれた。曲は、アブレウ先生が好きだった、チャイコフスキーの4番。ドゥダメルは、数少なくなったシモン・ボリバル響のメンバーに「残ってくれて、ありがとう」と頭を下げる。

政治に翻弄されながらも、とにかく音楽を貫こうとするひとたちの姿を描いて、静かな感動を呼ぶドキュメンタリである。
  
   *****

◆私は歌う ~アフガン女性たちの闘い~(And Still I Sing /Fazila Amiri 監督、2022年) 
※日本初公開

私は歌う

アフガニスタンの人気オーディションTV番組「アフガン・スター」は、過去13シーズン、一度も女性の優勝者が出ていない。イスラム社会では、女性がこのような番組に出て目立つことを嫌う。この番組を縦軸に、初の優勝に挑む2人の若い女性と、審査員で国民的人気歌手アリアナ・サイードの姿を横軸にして、米軍撤退やタリバン政権に翻弄される女性たちの姿を描く。

アリアナ
▲アフガンの「戦う女性歌手」アリアナ・サイード  【写真:Wikimedia Commons】

アリアナはイスラム社会の女性差別と戦う活動家でもある。ヒジャブも着用せず、ボディラインの出る服を、平気で着る。その生き方に憧れる女性も多い。かつてタリバン政権時代に処刑場だったスタジアムでコンサートを開こうとするのだが……。

番組に挑む2人は、勝ち抜くことができるのか。アリアナはコンサートを開けるのか。まるでサスペンス映画のような展開だが、ついに米軍の撤退が始まってしまう。タリバン政権が復活するのか……?

アフガンの「スター誕生!」を追うことで、この国の問題点を描いた、その着眼点に感心させられる。アフガンに、ここまで“戦う女性たち”がいることも新鮮だった。彼女らの生き生きとした姿、美しいファッション、魅力的な音楽……見どころ聴きどころ満載のドキュメンタリである。

上記2本とも、いま日本ではすぐに観ることはできない。ミニシアターでいいので、一般公開してくれないものだろうか。なお、もう1本は、現在、YOUTUBEで正式に公開されている作品である。
(つづく)

◇第18回難民映画祭HPは、こちら。
◇『ビバ・マエストロ! 指揮者ドゥダメルの挑戦』予告編は、こちら。
◇『私は歌う ~アフガン女性たちの闘い~』予告編は、こちら。


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2023.12.02 (Sat)

第436回 【映画】 ひさびさ”主役”になった、ナポレオン映画の系譜

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▲公開中の超大作映画『ナポレオン』 ※HPは文末に。

超大作映画『ナポレオン』(リドリー・スコット監督、2023年、米英合作)が公開されている。

近年、歴史上の人物を描く映画といえば、生涯のある時期だけに焦点をあてた作品が多かった。だが今回は、ひさびさに、ほぼ全生涯(一兵卒時代から死まで)を描く、本格的な歴史伝記映画である。

ナポレオンは「もっとも多く映画で描かれた歴史上の人物」といわれている。だが、そのほとんどは“脇役”であって、“主役”の映画は、多くないような気がする(日本公開作が少ないせいかもしれない)。

よく知られているのが『戦争と平和』だが、ここでもやはり脇役である。現存する2種の映画(1956年/米伊合作、1965~67/ソ連)、どちらも有名俳優は起用されていない。

それでも、なかなかの大物俳優がナポレオンを演じた映画が、ないでもない。
   
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まず、名優シャルル・ボワイエ。映画は『征服』(Conquest/クレランス・ブラウン監督、1937年、アメリカ)。ボワイエはこの映画で、受賞こそ逃したものの、アカデミー主演男優賞にノミネートされている。

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▲『征服』より~グレタ・ガルボ(左)と、シャルル・ボワイエのナポレオン

ところが、ここでのナポレオンも、どちらかといえば脇役だった。主役は、ナポレオンの愛人マリア・ヴァレフスカ伯爵夫人である。演じたのは、めったに“笑わない”クール・ビューティ、グレタ・ガルボ。母国ポーランドを守りたいと願うものの、愛人としてナポレオンの征服欲も理解できるので苦悩する。

シャルル・ボワイエはさすがの名演だが、いかんせん、グレタ・ガルボも迫力満点で、かなり喰われている(名作『アンナ・カレニナ』の2年後で、彼女の絶頂期だった)。映画は残念ながら大コケで、ガルボは“赤字女優”のレッテルを貼られた。もっともこのあと、『ニノチカ』で、銀幕で初めて“大笑い”を披露して挽回するのだが。

   *****

もう一人、ナポレオンを演じた大物俳優は、なんとマーロン・ブランドである。映画は『デジレ』(Désirée/ヘンリー・コスター監督、1954年、アメリカ)。

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▲『デジレ』ポスター~ジーン・シモンズ(右)と、マーロン・ブランドのナポレオン

だが、これまたナポレオンは脇役で、今度の主役は、デジレ・クラリー。ナポレオンの若き時代の婚約者だ。婚約中にもかかわらず、ナポレオンがジョゼフィーヌに走ったため、捨てられる悲劇の女性である。演じるのは、ジーン・シモンズ。その後、スウェーデン王妃となるが、ナポレオンが忘れられず、三角関係寸前の半生をおくる。

人気女優ジーン・シモンズに加えて、ジョゼフィーヌを『嵐が丘』のマール・オベロンが演じており、全体は女性映画の雰囲気が濃厚だった。

ちなみに、シャルル・ボワイエとマーロン・ブランド、どちらのナポレオンも、前髪が「▼」型で垂れ下がっている。だらしない鉄腕アトムのようである。過去の、多くの肖像画にならったのだろう。

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もちろん、ナポレオンが主役の映画もある。映像史に残るサイレント映画の名作『ナポレオン』(Napoléon vu par Abel Gance=アベル・ガンスが見たナポレオン、1927年、フランス)である。

ナポレオン
▲『ナポレオン』コッポラ版(1927/81)のポスター

これはフランスの巨匠、アベル・ガンス監督(1889~1981)が、ナポレオンの全生涯を映像化しようとした、ほとんど誇大妄想超大作である。だが完成したのは最初の部分のみで、イタリア遠征あたりまで。ところが、これだけでも12時間余におよぶ。あまりの長さに、さまざまな編集ヴァージョンがつくられているうちに、フィルムは散逸。いったいどれが本来の姿なのかわからなくなり、半ばまぼろしの映画になってしまった。

そのなかの、約220分ヴァージョンの権利を、1981年、フランシス・フォード・コッポラが買い取った。そして父カーマイン・コッポラに新たに音楽を書かせ、生オーケストラ演奏付きで、全世界で公開した(近年さかんなシネマ・コンサートのはしりである)。これが人気を呼び、世界中でちょっとしたナポレオン・ブームとなった。

たしか1983年、それが日本でも公開されて、鼻息荒くあたしも行った。会場は日本武道館。演奏はカーマイン・コッポラ本人の指揮(だと思った)、日本フィルハーモニー交響楽団。アリーナは完売で、上の階から見下ろすようにして観た。

いまとなっては記憶もおぼろげだが、とにかくトンデモない映画だった。1927年といえば昭和2年、サイレント映画の最終期である(この年、アメリカで、トーキー第一作『ジャズ・シンガー』が公開されている)。もちろんカメラの性能や撮影技術も、後年とは比べ物にならない。合成が精一杯、CGだのVFXだのは、夢のまた夢の時代である。

なのに、まるでステディカムのような安定した移動撮影(冒頭、少年時代の雪合戦シーンからして、すごい!)、ドローンかと見紛う空中撮影(カメラを回したまま、“投げた”?)、CGとしか思えない数千(数万?)人のエキストラ、ほんとうに発砲しているような戦闘場面……。

3面
▲驚愕の3面スクリーン映像

そして、クライマックスのイタリア進軍のシーン(だと思った)で、前代未聞の事態が発生した。スクリーンの左右の幕が開き、「横長3スクリーン」に広がったのである。上映機3台が同時に3つの画面を上映しはじめた。あるシーンは3面パノラマ画面、あるシーンはまったく別の3映像の同時上映(3ケ所同時中継風)。最後には3面が、フランス国旗のトリコロール彩色(青・白・赤=自由・平等・博愛)になった記憶がある。後年のシネラマや、1970年の大阪万博で話題になったパノラマ立体映像の元祖である。「トリプル・エクラン」なる上映方式らしいのだが、こんなことを昭和初期に平然と実現させていた国(連合軍)と戦争したって、勝てるわけないじゃないか。

ただ、そんな一種の“実験映画”だけあり、主役はナポレオンではなく、映画技術そのものが目的のように当時は感じた。

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▲アルベール・デュドネのナポレオン

ナポレオンを演じたアルベール・デュドネ(1889〜1976)は、細身長身。髪型も「▼」ではなく、「ベルばら」オスカルのようなロン毛で、なかなかカッコよかった。最高のナポレオン役者ではないか。ちなみにこのひとは、サン=サーンスが“世界初の映画音楽”を書いた『ギーズ公の暗殺』(1908年、フランス)でデビューした、フランス・サイレント映画のスターである。

なお、パパ・コッポラの音楽は、ほとんどがクラシック名曲の引用で、あまり面白くなかった。日フィルも、よくお付き合いしたと思う。

   *****

というわけで、現在公開中の『ナポレオン』は、ひさびさにナポレオン本人が堂々たる“主役”で、しかも、きちんと、ほぼ全生涯を描いた映画である。

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▲ホアキン・フェニックスのナポレオン

ホアキン・フェニックスは、ナポレオンの複雑な性格をうまく演じている。さすがはアカデミー賞ほか、世界中の主演男優賞を独占しているだけのことはある。その“顔芸”は、ほとんど歌舞伎のようである。

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▲ヴァネッサ・カービーのジョゼフィーヌ。

ジョゼフィーヌ役のヴァネッサ・カービーは、旧ソ連のウクライナ搾取を暴露した『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』(ポーランド・ウクライナ・英合作、2019年)の、ニューヨーク・タイムズ:モスクワ支局記者役で忘れがたい。最近では『ミッション・インポッシブル』シリーズでおなじみだろう。気の強い色悪を演じては、当代随一ではないか。今回、ナポレオンの派手な女性関係は、ほぼ彼女だけに限定して描かれている。

音楽のマーティン・フィップスは、映画よりもTVドラマの音楽が多いひとのようだが、オリジナル部分以外は、スタンリー・キューブリックの『バリー・リンドン』(1975年)にならったという。ゆえに、クラシック名曲や、当時の民衆音楽などを多く使っている(『バリー・リンドン』自体、本来はナポレオン伝記映画の予定だったのが中止になった、代替作品である)。

そのため、全編に、ハイドン、ボッケリーニ、ゴセックなど、当時の人気作曲家の名曲が流れる。時代的にはすこし前の曲だが、ヴィヴァルディの協奏曲《アラ・ルスティカ》RV151も流れる。『オール・ザット・ジャズ』で、ロイ・シャイダーが、毎朝カセットで聴いていた、あの曲である。

戦闘場面の迫力は特筆もので、当然、CGも使っているだろうが、ナポレオンの軍事戦略が、具体的にどのようなものだったのか、とてもよくわかる。防衛大学の教材になるのではないか。

いままで映画で数多くの戦闘場面を観てきたが、『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ! 戦国大合戦』 (原恵一監督、2002年)に匹敵する説得力である(これは冗談ではなく、『戦国大合戦』は、むかしの合戦の実態をきちんと考証して描いており、なみの時代劇を凌駕するリアルさなのである)。

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▲ダヴィッドの「ナポレオンとジョゼフィーヌの戴冠」(ルーヴル美術館) ※東京富士美術館にあるのは、弟子による複製画。

戴冠式
▲映画『ナポレオン』の戴冠シーン

さらに戦闘場面もさることながら、戴冠式のシーンは、ダヴィッドの有名な油彩画そのもので、大感動。この絵画には、実際には出席していない、ナポレオンの実母や兄が描かれていることでも知られている。そこまでは気がつかなかったが、今回の映画ではどうだったのだろうか。

余談だが、この戴冠式シーンには、明らかな考証ミスがある。聖歌隊の指揮者が、タクト(指揮棒)をもって現代の指揮者のような身振り手振りで指揮しているのだ。当時、このような「指揮者」は、まだ存在していない。まるめた紙や杖で、簡単な合図をおくる程度だった。それもコンサートの場合で、カントル(教会音楽監督)はオルガンを弾く。あのように前に立つことは、なかったはずだ。

……と、些末なことを述べたが、そんなことまで気がつくほど、細かく、かつ本格的に描かれた作品である。

上映時間2時間38分の長尺だが、『アラビアのロレンス』(3時間42分)ほどではない。脚本構成がうまくできており、役者の顔を観ているだけで、あっという間に時間が過ぎる。たぶん、正月までかかっていると思うので、年末年始にゆっくり観るのに、ぴったりの大作だと思う。

なお、「前髪」については、実際に映画館でご確認ください。


◇映画『征服』予告編は、こちら。
◇映画『デジレ』予告編は、こちら。
◇サイレント映画『ナポレオン』(1927)DVD予告編は、こちら(コッポラ版以降の、最新ヴァージョン。3面スクリーン・シーンもあり)。
◇現在公開中の『ナポレオン』HPは、こちら(予告編あり)。



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2023.11.29 (Wed)

第435回【新刊紹介】 汽車にひかれて足の指を失った93歳による、『鉄道愛唱歌事典』

鉄道書影
▲長田暁二『鉄道愛唱歌事典』

書き出しが有名な作品といえば、川端康成『雪国』や、夏目漱石『吾輩は猫である』、カミュ『異邦人』などがよくあがる。しかし、これらはすべて「小説」である。ノンフィクションや実用書、研究書で有名な書き出しは、あまり聞いたことがない。

だが、どうにも忘れられない書き出しの音楽本がある。仕事でお世話になり、あたしが勝手に“音楽解説の師匠”と呼んでいた、オペラ研究家、故・永竹由幸さんの『オペラと歌舞伎』だ(1993年、丸善ライブラリー刊/2012年、新版=水曜社刊)。この本が、

《第二次世界大戦は、オペラと歌舞伎を持つ国民国家と持たざる国民国家の戦いであった》

ではじまるのだ。つまり、オペラ/歌舞伎を持つイタリア・ドイツ・日本に対し、《オペラを持たない鬼畜米英》は、《これ以上大きな文化的格差をつけられることは国民的屈辱である》として、《オペラを持たぬオランダ、オペラを半分しか持たぬフランス、ソ連等とかたらって、日独伊の三国同盟に対し、戦争を起こさせ、それを叩こうという陰謀を抱いた》というのである。

もちろんこれは永竹さんお得意のパロディというか、お遊び文章なのだが、それにしても、これほど「目からウロコが落ちた」書き出しは、後にも先にもなかった(この本は、その後も驚天動地の解説がつづくのだが、今回の主旨ではないので省く)。

   *****

先日、これに匹敵する驚愕の書き出しに出会った。しかも、これまた音楽本だ。『鉄道愛唱歌事典』(長田暁二、ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス刊)である。その書き出し(まえがき)は——

《筆者は3歳のとき、汽車にひかれて左足指3本を切断、右足はズタズタになって歩くことができませんでした。今まで出版された本の奥付の著者紹介では、岡山県笹岡市生まれと記されています。でもこれは違います。》

いきなり1行目から、おどろくべき2つの“告白”が、何の脈絡もなく登場する。少々、妙な文章だ。だが、このあと、この2つを見事につなげる説明につづくのだ。

長田暁二さんは音楽文化研究家。日本コロムビア、キング、ポリドール、徳間音工、テイチクなどでディレクターとして活躍。多くのヒット曲や、童謡・唱歌の名盤を生んできた。NHKラジオの歌番組の解説でもおなじみだ。1930(昭和5)年生まれで、執筆時93歳! 膝が悪いそうだが、それでも《家から303歩にある家庭料理の店「円満」には日曜祭日をのぞいて〔毎日通い?〕、夕食とビール一本を飲んで済ませています。》とのことだ。

そんな93歳の長田さんが、かつて自分の足指を奪った「鉄道」にまつわる歌謡曲、童謡、唱歌など71曲について、その成立過程や時代背景、裏話を、興趣あふれるタッチでつづったのが、本書である。

そう聞いて、「《鉄道唱歌》など、むかしの唱歌の解説集だろう」と思うのは早計。たしかに、それらもある。だが、たとえば本書中でもっとも紙幅が割かれている曲が(6頁!)、イルカの《なごり雪》だと聞けば、すこしイメージが変わるだろう。

三階建の詩
▲《なごり雪》が収録された名盤『三階建の詩』(かぐや姫)。右端が伊勢正三。

《なごり雪》は、伊勢正三が作詞作曲し、1974年に「かぐや姫」の名アルバム『三階建の詩』に収録された名曲だ。〈汽車を待つ君の横で僕は〉〈君が去ったホームに残り〉とは、どこの駅なのか。そしてこの曲が、どのような過程を経てイルカの持ち歌となったのか。なぜイルカで大ヒットしたのか——まるで ドラマのような物語が紹介される。

池上線
▲当初は東急電鉄に拒否された《池上線》

1976年、西島三重子の名曲《池上線》の作詞者・佐藤順英は、なぜ池上線を選んだのか。発売後、東急電鉄にプロモーション協力を呼びかけたら、〈古い電車〉〈すきま風に震えて〉などの歌詞がイメージアップにつながらないと、断られた。それが、2017年「池上線全線開通80周年」イベントでは、西島三重子自身が車内コンサートに呼ばれて《池上線》をうたったという。

もちろん、井沢八郎《あゝ上野駅》、春日八郎《赤いランプの終列車》、三橋美智也《哀愁列車》、狩人《あずさ2号》、野口五郎《私鉄沿線》、中島みゆき《ホームにて》なども出てくる。

1918(大正7)年、添田啞蟬坊の大衆演歌《あゝ踏切番》なんて曲、本書で初めて知った。だが、その歌詞と、素材となった鉄道事故の実話は、衝撃以外のなにものでもない。

二葉あきこ
▲なみのクラシック歌曲よりむずかしい、《夜のプラットホーム》

また、これはすでに有名だが、1947(昭和22)年発売、二葉あき子の名曲《夜のプラットホーム》の逸話にも、あらためて胸を打たれる。服部良一作曲の、ほとんどクラシック歌曲のような高度な楽曲である。

この曲は、すでに1939(昭和14)年に完成していた。〈プラットホームの 別れのベルよ/さよなら さよなら/君 いつ帰る〉。これは、作詞家・奥野椰子夫が、《東京駅頭で秋風が身に沁む夜更けに中国戦線に出征して行く兵士を見おくる人波の影で、ひとりの若妻が涙をこらえている悲痛な表情を見て、胸を搔きむしられるみたいに心を打たれ》て書いた詞だった。

さっそくコロムビアの服部良一が作曲して淡谷のり子がうたうが、厭戦的だと発売中止に。楽曲に絶対の自信をもっていた服部良一は、歌詞を英訳し、コロムビアの外国人スタッフに歌わせて洋盤に見せかけて売り出す。終戦後は、淡谷がテイチクに移籍していたので、二葉あき子に大急ぎで再録音させた。そして戦後は、戦争で身内を亡くしたひとたちの慰めの歌となって、長く聴かれる名曲になった。

   *****

歌詞に「鉄道」がまったく出てこない曲も登場する。

たとえば山下達郎の《クリスマス・イブ》。これはもう誰もがご存じだろう。JR東海の新幹線、クリスマス・エクスプレスのCMに使用されたことでロングセラーとなったが、曲自体は鉄道とは無関係である。

だが、小学唱歌《紅葉》が載っているのは、なぜだろう。〈秋の夕日に 照る山もみじ〉……これまた、線路の「せ」の字も出てこない。実はこの詞の舞台は、《碓氷峠のあった信越本線熊ノ平駅(昭和41年廃駅)周辺の錦繍風景》だそうで、《この付近は列車が軽井沢に向かってのんびり上り、なすこともなく車窓から風景を見れば、燃えるような紅葉が秋の日に照らされて、その見事さは飽きることがありません》。作詞者・高野辰之は、《郷里の長野県下水内豊田村(現・中野市)に墓参などで帰郷するたび、この場所を通っています》とのことで、なんとこの曲も「鉄道愛唱歌」だったのだ。

   *****

この調子で、実にバラエティに富んだ71曲が次々と解説される。原則として、すべての曲には、コード付きの楽譜と歌詞が載っている(JASRACへ支払う使用料はたいへんな額になっただろう。そのせいか、240頁で税込3,520円と、高めの価格である)。

「全歌詞収録」につき、《鉄道唱歌》(東海道篇)は、〈汽笛一声 新橋を〉から〈明けなば 更に乗り換えて/山陽道を 進ままし〉の66連まで、すべて載っている。

東京に市電(東京電車鉄道=のちの都電)が走り始めたのは1903(明治36)年で、すぐに東京市街鉄道(街鉄)、東京電気鉄道(電鉄)の3社線になった。《電車唱歌》は、その3社線界隈を歌詞に織り込んだ“東京名所案内”曲だ。〈玉の宮居は 丸の内〉と皇居前からはじまり、〈靖国神社に 詣ずれば〉で終わる52連の歌詞も、全部載っている。31連に〈新宿行は 更になお/衛戍病院 前をすぎ/半蔵門の 前よりぞ/左に折れて 麹町〉とある。「衛戍」〔えいじゅ〕とは軍用地のことで、「衛戍病院」は陸軍病院。いまの国立劇場のあたりにあった。現在、新宿区戸山にある「国立国際医療センター」の前身である。

《僕は特急の機関士で》も、〈東海道の巻〉から〈九州巡りの巻〉〈東北巡りの巻〉〈北海道巡りの巻〉と全歌詞を読める。三木鶏郎の天才的な博識ダジャレは、捧腹絶倒、唖然呆然である。〈岩木山から 見下ろせば/春は桜の 弘前に/チリリンチリリンと 自転車で/石中先生と 若い人〉——この歌詞の意味と奥深さが、わかるだろうか。楽譜のおかげで、本曲は、歌詞だけでなく音楽面でも《鉄道唱歌》のパロディになっていることがわかる(《鉄道唱歌》のフシで替え歌になる)。

   *****

フランク永井
▲いかすじゃないか、《西銀座駅前》

本書中、あたしがもっとも感慨を覚えた曲は、1958(昭和33)年発売、フランク永井の《西銀座駅前》である。地下鉄丸ノ内線の西銀座~霞ヶ関間の開業にあわせてつくられた曲だ。歌詞の最後が〈いかすじゃないか 西銀座駅前〉で、「いかす」は流行語となった(いまは「いかす」なんて、誰もいわないだろうが)。1965年公開、エルビス・プレスリー主演の映画『Tickle Me』(ムズムズさせて)の邦題が『いかすぜ! この恋』になったのは、本曲の影響だろう。

いまの若い方はご存じないかもしれないが、丸ノ内線「銀座」駅は、かつて「西銀座」駅だったのだ。いまでも真上に「西銀座デパート」「西銀座チャンスセンター」(宝くじ売場)などの名称があるのは、その名残りである。東京オリンピック直前、1964(昭和39)年8月に日比谷線「銀座」駅が開業したので、それにあわせて、丸ノ内線「西銀座」駅は、銀座線・日比谷線「銀座」駅に統合された。

だがこれはかなり無茶な統合で、いまでも銀座線~丸ノ内線の乗り換え時、中途半端な階段を上り下りさせられ、「なんでこんなに遠いんだ。これがおなじ駅とはインチキじゃないか」とぼやいている老人は、あたしだけではないはずだ。

   *****

で、さすがにこの話は長田さんも書いていないが、実はこの曲が映画になっているのである。

西銀座駅前
▲監督・脚本は、のちに世界的巨匠となる今村昌平!

それが同年公開の日活映画『西銀座駅前』で、当時はじまったばかりの2本立て興行用のSP映画(シスター・ピクチャー=2本立ての添え物で、1時間弱の小編)である。もちろん主題歌はフランク永井。ご本人が随所に登場して、不思議なナビゲーター役をつとめている。西銀座の薬局の主人(柳澤真一)が浮気に走るドタバタ・コメディだが、なんともゆるい、眠気を誘う映画である。

ところが、監督・脚本は、驚くなかれ、今村昌平!(そういわれると、なるほどと思える内容なのだが)。日活に入社直後の2作目で、若きイマヘイは、まだ会社指定の企画しか手がけられなかった。どう観てもイマヘイ向きの題材ではない。不貞腐れて演出している様子が目に見えるようだ。

だが、これをこなしたおかげで、直後にブラック・コメディの佳作『果しなき欲望』をつくり、続いて『にあんちゃん』『豚と軍艦』『にっぽん昆虫記』『赤い殺意』といった映画史に残る名作が連続して生まれるのである。後年、カンヌ映画祭最高賞を2回受賞して世界的巨匠になるイマヘイだが、その第一歩に『西銀座駅前』があったのだ。

長田暁二さんが足指3本を切断してから幾星霜、93歳にしてこのような労作を上梓したのと、どこか似たような——人間、若いうちは、そう好きなことばかりはできないのだと、本書と《西銀座駅前》が教えてくれたような、そんな気がした一書でありました。
(一部敬称略)

◇『鉄道愛唱歌事典』HPは、こちら
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2023.11.22 (Wed)

第434回 【映画/オペラ先取り紹介】 ロイヤル・オペラ《指環》新チクルスは、「節度ある過激演出」!

【ROH(1):ラインの黄金】Das Rheingold_Main Image_R
▲ROH《ラインの黄金》の神々一族(イメージ・ヴィジュアルにつき、ステージ写真ではありません) © 2023 ROH

ワーグナーの超大作《ニーベルングの指環》4部作の全曲映像化は、むかしから多くのひとが挑んできたが、なかなか実現できなかった。“帝王”カラヤンも例に漏れず、自らの指揮/演出で、全曲の「上演」「録音」「映像化」に挑戦したが、映像だけは完遂できなかった。なんとか形になったのが序夜《ラインの黄金》のみで(1973年のザルツブルク復活祭音楽祭の音声に、1978年スタジオ映像を加えた映画)、残り3部は完成されなかった。

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▲初の全曲映像となったシェロー演出《指環》~《ラインの黄金》DVDジャケット

結局、初めての全曲映像が実現したのは、1980年にバイロイト祝祭で収録された、ピエール・ブーレーズ指揮/パトリス・シェロー演出によるものだった。1976年のバイロイト100周年で起用された、史上初のフランス・コンビである。舞台を産業革命とおぼしき近代に設定した、(当時としては)意表を突いた演出だった。そのため、守旧派ワグネリアンの大不評を買い、暴動が発生する騒ぎとなった。それでも翌年以降、上演を強行するうち、次第に賞賛の声が勝るようになる。そしてついに、1980年の舞台を観客なしで映画的に撮影収録した、初の全曲映像が完成したのである。映像監督はブライアン・ラージ。

この映像は、レーザー・ディスク11枚組ボックス・セットで発売された(現在は、DVD8枚組/BD5枚組)。多くのひととおなじく、あたしは、このLDで、初めて《指環》全曲を「観た」。その感動と衝撃は忘れられないが、いまは省く。そして、これを契機に《指環》のテキストレジ(読み替え演出)がさかんになったのである。

(1987年、ベルリン・ドイツ・オペラによる全曲日本初演にも行った。これもゲッツ・フリードリヒによるSF的読み替え演出だったが、印象の強さでは、上記シェロー演出にはかなわなかった)

その後、DVDやBlue-Ray Discといった、コンパクトなメディアが登場し、長時間を要する《指環》は恰好のコンテンツとなった。デジタル効果による舞台演出技術の発達がそれを後押しし、ヨーロッパの小ぶりなオペラハウスも、バイロイトに負けじと、続々と《指環》を全曲上演・映像化するようになった。

さらに2000年代になり、ライヴ映像時代がやってくる。特にNYメトロポリタン歌劇場は《指環》に力を入れ、ジェイムズ・レヴァイン指揮/オットー・シェンク演出、ジェイムズ・レヴァイン、ファビオ・ルイージ指揮/ロベール・ルパージュ演出などを、さかんに「METライブビューイング」で上映した。

かくして、人類史上最大の舞台芸術《ニーベルングの指環》4部作は、映画館や自宅で、気軽に観られるようになったのである。

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だが、そのせいでもあるまいが、とにかく「読み替え」「過激」「SF」「現代」的演出が当たり前となった。

たとえば——ある演出では、ラインの乙女は売春婦になった。ある演出では、黄金の指環は「核」を想起させ、地下のニーベルハイムは何かに汚染されていた。そのほか、中空にはレーザー光線が飛び交い、湾岸戦争や中東紛争のような演出。さらにワルキューレが宇宙ステーションにいる演出……そのあたりまではよかったが、近年の本家バイロイトでは、舞台をアメリカの荒野の安モーテルにしたり、ヴォータンとアルベリヒが双子の兄弟だとの驚天解釈までが登場しているという。あえて詳述しないが、観ているほうが恥ずかしくなるようなバカバカしい演出もあった。《指環》読み替えは、行き着くところまで行ってしまったのだろうか。

それだけに、ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)が、2023/24シーズンから、《指環》の新チクルスを開始すると知ったときは、期待と不安が重なった。

その第1弾、序夜《ラインの黄金》の舞台映像が、来月、日本の「英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2023/24」で上映される。先日試写で観る機会があったので、さっそくご紹介しておきたい。

   *****

現地上演はシーズン幕開けの9月11~29日で、今回の映像は9月20日収録。アントニオ・パッパーノ指揮/バリー・コスキー演出である。

(ちなみにROHの《指環》では、2005年プレミアの、パッパーノ指揮/キース・ウォーナー演出による、第一夜《ワルキューレ》が定番で、「シネマシーズン」でも上映された。ニーナ・シュテンメがブリュンヒルデを演じる名舞台だったが、あれとはまったく別の新規プロダクションである)

パッパーノは2002年にROHの音楽監督に就任した。もう在任20年超となる。今シーズンで最後らしいが、長期にわたって安定した舞台を生み出してきただけあって、音楽面はまったく心配はない。”不安のタネ“は、演出のバリー・コスキーである。

このひとは、1967年、オーストラリアのメルボルン生まれ。祖父の代にヨーロッパからオーストラリアに亡命したユダヤ系だ。演劇と音楽を学んでオーストラリアで演出家として活躍した後、ヨーロッパに渡って大成功した。巨大クラシック音楽サイト「Bachtrack」で、「世界で最も忙しい演出家」に選出されたこともある。

2018年に、ベルリン・コーミッシェ・オーパーが来日し、《魔笛》をBunkamuraオーチャードホールで上演した。アニメーションと歌手が舞台上で“共演”するユニークな舞台で話題となったが、あれを演出したひとである。

だが、やはり彼は、過激な演出と解釈で話題となることが多い。あげだすとキリがないので、ひとつだけ。近年では、2017年プレミアのバイロイト祝祭《ニュルンベルクのマイスタージンガー》だろう。舞台は1875年のワーグナー邸。そこに集まるワーグナー、リスト、コージマといった実在の人物が、そのままオペラの登場人物に重なるトンデモ設定だった。しかも第3幕はニュルンベルク裁判……こう書くと、やり過ぎ読み替えに思えるが、演出の根本にユダヤ人問題や戦争犯罪に関する確固たる思想があるせいか、バイロイト名物のブーイングも出ず、いまでは名舞台として映像化もされている。

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そんなバリー・コスキーが、ROHで《指環》4部作を4年連続で演出する。その序夜《ラインの黄金》が、今期「シネマシーズン」の第1弾で上映されるわけだが、ひとことでいうと「節度ある過激演出」とでもいおうか。よって「なるほど、こう来たか」と感心する場面の連続だが、それでいて「これはやりすぎじゃないか」と嫌悪感を催したり、どうにも理解できないような難解場面も(ほぼ)なかった。まあまあ中庸をいく、興味深い舞台である。

(コスキーはゲイを公言しており、それゆえかと思われる演出もあるのだが、この程度の表現は、いまのヨーロッパでは、当たり前である)

実は、彼は、2009年にドイツ・ハノーファー州立歌劇場で、一度《指環》全曲を手がけている。その一部映像がYOUTUBEで観られるのだが、もうとんでもないヴィジュアルで、もしこれの延長線だったらどうしようと、かなり不安を抱えていた。しかし、それほどではなく、よい意味で“後退”していたので安心した。やはり「演劇の国」で上演する以上、それなりの考慮があったのかもしれない。

以下、あまり細かく書くと、ご覧になる方の興を削ぐので、いくつかのポイントだけ綴る。

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最大の特徴は、全4場を通じて、智の女神エルダが常に舞台上にいて、一部始終を「観ている」設定である。つまり物語全体が、エルダの「目撃談」なのである。これによって、最終場面でどのような効果が生まれるか、《指環》ファンの方は、もうおわかりだろう。また、なぜ後日、ヴォータンがエルダとの間に9人ものワルキューレ(戦さ乙女)をもうけることになるのか、説得力も増す(エルダが産んだのはブリュンヒルデ1人との見方もあるが)。

さらにいえば、コスキーは、最終作《神々の黄昏》を見通していることもまちがいない。エルダひとりの扱いで、本作を、つづく3作の壮大な“予告編”にしてしまった。うまい演出だと思う。イギリスの《指環》マニアは、これから4年間、ROHに通わねばならない。

なお、このエルダ役については、あえて述べないが、おそらく観た誰も、かなりの“衝撃”を受けるであろう。全出演者のなかで、ただひとり、2時間半、出ずっぱりである。この役は日によって交代するが、今回の映像で“演じる”のは、82歳のローズ・ノックス=ピーブルス。映画『TAR/ター』で、ケイト・ブランシェットとおなじアパートに住むエレノアの母を演じていた、あの老女だ。もちろん、声はプロ歌手である。

1幕4場のオペラだが、本格的な舞台転換はない。舞台上には、巨大な廃木が横たわっており、すべてはこの内部と周囲で展開する(この廃木がトネリコだとしたら、次作でも登場するかもしれない)。あるときはライン河となり、あるときはニーベルハイムになる。

<サブ⑥>Katharina Konradi (Woglinde) Niamh O’Sullivan (Wellgunde) Marvic Monreal (Flosshilde) Christopher Purves (Alberich) Das Rheingold © 2023 ROH Photo by Monika Rittershaus_R
▲「黄金」を守るラインの乙女と、それを狙うアルベリヒ © 2023 ROH

「黄金」は、金塊ではなく、「泥」状である。ということは、フライアの周囲に「積む」ことはできない。ではどうやってフライアを「黄金で囲む」のか。ここは観てのお楽しみで、なかなかのアイディア演出だと感心した(『007ゴールドフィンガー』がヒントかもしれない)。

   *****

パッパーノ指揮の管弦楽はいうまでもなく素晴らしい(もちろん、ワーグナー・テューバあり)。歌手もとてもよかった。ただ、アルベリヒ(クリストファー・パーヴェス)の外見が、強奪犯の下品な妖怪にしては清潔感があり、しかもヴォータンとそろって大柄スキンヘッドなので、2人とも貫禄十分。主神vs妖怪の面白さが薄かった。

また、半人半神のローゲ(ショーン・パニッカー)は、外見が好青年すぎて、本来の狡猾で下卑たローゲではない。そのためラストの「あんなバカな神々と心中なんて、まっぴらごめんだ」と裏切り宣言する場面の迫力が少々弱い。いかにも“現代っ子”ローゲである。しかし2人とも「声」は立派だ。

小人のニーベルング族は子役たちが演じているが、あの被り物は、被爆国日本では(実演だったら)拒否されるだろう。

というわけで、一部、驚かされる設定もあるが、さほど強引な「読み替え」演出はなく、基本的には神話に原点回帰しているような気がした。歌手は常に動いており、2時間半、息をもつかせずに展開する。終演後のブーイングもなく、客席は大絶賛の興奮状態である。ROHの《指環》新チクルスは、絶好の船出となったように思う。オペラ・ファンにお薦めしたい、見事な舞台映像だ。

   *****

ロイヤルOH
▲コヴェントガーデン側から見た、ロイヤル・オペラ・ハウス。ここで『マイ・フェア・レディ』のイライザが花を売っていた。 【出典:WikimediaCommons】

なお余談だが、場面転換のたびにオーケストラ・ピットが映る。すると、かなりの団員が、正装ではなく、揃いの黄色いトレーナーを着ているので、ちょっと驚く……その胸に、何と書かれているか! 

こればかりは、客席からは(かなり高倍率のオペラグラスでないと)読めない。しかし今回の映像では、その「文字」を、ちゃんと映してくれる。おそらく彼らは、この日にカメラが入ることを知って、あのトレーナーを着たにちがいない。そして映像制作スタッフは、彼らの思いを全世界に伝えたいと思ったにちがいない(世界20か国、1,341館で上映される)。日本円で40,000円前後(最高席)を払った現地観客の多くは、たぶん、そんなことには気づかない。だが映画館で観る私たちは、ちがう。これも「シネマシーズン」ならではの楽しみである。
(敬称略)

◆《ラインの黄金》は、12月15日(金)~21日(木)、TOHOシネマズ日本橋ほかで、1週間限定で上映されます。上映館、時間等はHPでご確認ください。上映時間は解説+インタビューを含めて2時間57分。全1幕につき、幕間や途中休憩はありません。

「英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2023/24」のHPは、こちら。イメージ映像、舞台写真などもあります。

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